無用な「罪悪感」。 | 『起業&キャリア』について後悔しない思考の「くせ」をつける方法〜キャリアコンサル日記

無用な「罪悪感」。

先日のお休みに、私はウォーキングしてきました。



のんびり1時間ほど、こういう道を歩くといやされます。

同じ日、私の母は地元でロードレースで10km、走ったそうです。
ジムに通っている、としかきいてませんでしたが、
還暦目前にして1時間10分ほどで完走したとのこと。

娘は1時間、歩き、母は1時間、走る。

やはり母はすごいです。


◇◇◇



こちらは先日、くらーい声で突然電話をかけてきた(笑)私の永遠の部下、
まりりんが、遊びにきたときにもってきてくれました♪

まりりんも新卒で就職して3年目、いろいろ悩める年頃になっています。

私にしてあげられるのは相変わらずの「毒舌」トークと軽快な勢いで背中をおしてあげることくらい。

でも、彼女との間にはともにすごしてきた多くの時間があるので
なんだか様子をみれば何が必要かわかる気がするのです。

竹内まりやさんのForever Friendsみたいなもんでしょうか。

頑張れ、まりりん。


◇◇◇


やっとタイトルに入ります。

無用な「罪悪感」。

これは3月から6月くらいまで3ヶ月にわたって私がさいなまれてきたものです。

3月はちょうどお腹に赤ちゃんがいる、とわかったとき。
そして、起き上がることもできなくなって、毎日寝てばかりいたとき。

その頃、4月から新しくHPを立ち上げて、本格的にフリーとしての仕事をはじめよう、と
考え、準備をすすめていました。

でも、準備中なので、具体的な仕事をスタートしていたわけではなかった頃でした。

ちょうどぽっかりあいた、ある意味フラットな時間。

そんなときに赤ちゃんがいることがわかり、この子が私の身体をコントロールしはじめたのです。

はじめはとにかく具合がわるくて仕事どころの話じゃなく、
自宅でも何もできず、何もかも主人にまかせっぱなし。

意識があるとき自分のアタマに浮かぶのは


働かざるもの、食うべからず


というフレーズ。

外に稼ぎにでるのが当たり前、の生活をずっと送ってきて
そして仕事が決して嫌いではない私にとって、
赤ちゃんがいるこの自分を一番大事にしたいという思いとともに
客観的に「妊娠は病気じゃない、普通に仕事に出ている人もたくさんいるのに」
という、自分が甘えているんではないか、という思いがどうしてもわきあがってきました。

毎日朝早くから夜遅くまで仕事をしながら、家事もこなし、
私の面倒まで全部みてくれる主人にも申し訳なく、
どうして私はこんなにへたれてしまっているんだろう、という思いが
打ち消しても打ち消してもわいてきました。

別にいつも暗かったわけでは決してないのです。

お腹に赤ちゃんがいてくれるという幸せな気持ちを感じれば感じるほど
もうひとつの思いに苦しむというのか。


そんな私を楽にしてくれたのが冒頭のことばでした。


無用な「罪悪感」。


HAPPYコーディネーターのみさきのゑさんとタロットカードをひきながら
お話していたときのことです。

リーディングの過程で、カードにそれがあらわれていました。

実は3回ほど、そういう結果になってやっと自分が落ち着いたように思います。


ポイントは実は「無用」というところだと思います。


無用な罪悪感。
無用な葛藤。
無用な心配。
・・・。


無用な、というのは、どうでもいい、とか
とるに足らない、とかいうよりは
さいなまれたところでこたえのでないもの、ということなんだと思います。

そういった意味では


無要


といったほうがいいのかもしれません。

と、今、抜け出したからわかるものの、その真っ最中にいたときには
仕事してないのに●●してていいんだろうか、、、、とかそういうことを
山ほど考えていましたっけ。

私は赤ちゃんと私を心配し、楽しみにしてくれる家族やたくさんの
お友達に本当に助けられたと思います。

おかげで今は赤ちゃんにとっても私の身体は居心地のいい場所になったらしく、
つわりのつらさもなくなって、元気に毎日過ごすことができています。

自分のアタマで考えて、自分自身にツッコミがいれられるひとほど
周りの人に甘えるのは得意ではないかもしれません。

もちろん、いつもいつも甘えてばかりでは周りの人もここぞというときに
力にはなってくれないかもしれませんが。

でも、ときには「ダメな自分」(と思えてしまっている現状)を
さらけだしてしまったほうがいいときもあるのです。

無要な罪悪感、葛藤、心配はときに心をむしばみます。
心が病むと身体もバランスを失います。


本日は、キャリアコンサルタント、くさのでした。