Life's Little Ironies | Have a cup of tea

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昨年からKindleで少しずつ読んでいた、トマス・ハーディの短編集 Life's Little Ironies(『人生の小さな皮肉』)を読み終えた。
この作品は、ハーディが55才のときに刊行したもので、タイトルの示すとおり、それぞれの物語は小さな皮肉から悲劇的な皮肉まで、なんというか登場人物の選択や避けられない境遇がもたらす成り行きが描かれている。皮肉と一口にいっても、辞書をひくと、嫌味やあてこすりであるとか、文学的な意味では逆説的手法(Paradox)とかあるが、この短編集のタイトルは何を意味しているのか?読んだ印象では、後者の手法を用いて、読者に良い生き方をせよ、と諭している部分もあるような?同時に、もちろんハーディらしい、自然の詩的な描写も楽しめたが。

まぁ、難しいことは置いといて、この短編集の中で、手紙に関わるエピソードが描かれた2篇が印象的だった。

ひとつは、あるお金持ちの家で働くメイドの若い娘が、村の移動遊園地で若い男性と出会い、恋に落ちるが、男性はロンドンから仕事で出張に来ていたため、二人は遠距離恋愛で手紙のやりとりをすることになる。しかし、そのメイドの娘は文字の読み書きができなくて、雇われている家の女主人に手紙の代筆や読み上げをお願いして、文通を続ける。しかし、この女主人、実は、そのメイドと男性が仲良くしているところを邸の窓から見ており、女主人はその男性に興味を抱いていたため、メイドのラブレターの代筆やその恋人からの手紙を読みあげているうちに、恋人からの手紙に夢中になってしまい、代筆の手紙に自分の気持を書いてしまうようになり、その後、それが恋人に発覚して・・・という、なんだかシットコムみたいな展開になっていく。

もうひとつは、裕福な家の若い娘が若い男性と恋に落ちて、二人は手紙のやりとりをするものの、こちらは男性のほうが手紙を書くのが苦手らしく、娘は男性からの手紙の内容に幻滅し、もっと知的で素敵な手紙を書いてくれないと私の恋人にはふさわしくない、などど冷たい態度をとる。男性は努力して素敵な手紙を書こうとするものの、詩人のようなセンスなどは努力したから身に付くわけでもなく、結局、女性は男性を捨ててしまう。この物語には、若い二人の関係のほかに、彼らの保護者同志の間の確執みたいなものがあり、結果的に彼らの静かな復讐劇のようになってしまう。

どちらの短編も、最初は互いの外見や会話から好意を抱く男女だが、その後に続く手紙のやりとりで、文章のセンスやら教養の有無やらが、男女のその後の関係に影響を与えているというなんとも皮肉な内容だ。前者の展開は、なりすましというか、今の時代でもメールなどでありそうだし、後者の相手の外見と手紙とのギャップに幻滅するというのもなんだかわかる気がする。ハーディは作家、詩人なだけに、恋文などの文章や内容にもきっとうるさかったのかもしれない。当時は誰もが読み書きできるわけではなかっただろうから、身分の違いを超えた恋愛も難しかったのかと想像する。しかし、ハーディの作品は、女性の嫉妬心や心理が本当によく描かれていて(それはたいがい、こうなってはいけない!という教訓的なものに感じる)、それはハーディの女性に対する自らの経験からくるものなのか、鋭い観察力によるものなのか?と考える。

この皮肉なストーリーを集めた短編集には、ほかにも、チョーサーの『カンタベリー物語』を思わせるような、カスターブリッジからウェザーベリーまで今で言う路線バスの役目を果たしているような荷馬車の乗車客たちが、目的地に到着するまでの暇つぶしに一人ずつ話をしていく物語や、船乗りと二人の女性の物語なども面白かった。
ハーディのこうした短編集の和訳は出版数が少ないのか古本でもけっこう高い値段が付けられていて簡単に入手できないが、この短編からの2作品の和訳が掲載されている『ハーディ短編集』(岩波書店)の文庫本などは比較的安価で入手可能だ。

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