Have a cup of tea

Have a cup of tea

主に英国に関する出来事を記録しています

昨年10月のイギリス旅行時に、クーラシェイカーのミュージックビデオ(Charge Of The Light Brigade)のロケ地に行ってきたが、その場所は70年代のアメリカ映画『オーメン』のロケ地であったというのを、クリスピアンがインタビューか何かで言っていたので、オカルトホラー映画というジャンルで苦手だけど、観てみたいと思っていたところ、サブスクしているアマゾンプライムビデオで映画を無料配信していたので観てみた。

 

(以下、オーメン予告編だけど閲覧注意!(笑))



(こちらはクーラシェイカーの『Charge Of The Light Brigade』ミュージックビデオ)

 

プライムビデオでは、なぜか日本語字幕設定できなくて、英語字幕を追いながら鑑賞した。

ストーリーはローマから始まる。グレゴリー・ペック演じるアメリカ政府の外交官ロバートは、妻キャサリンが死産したとカトリック教会が運営する病院の医師から告げられるが、そこで別の孤児だった男の赤ちゃんを妻に内緒で養子に迎える。赤ちゃんの名前はダミアン。同時にロバートは駐英大使に任命され、三人はイギリスへ渡る。

 

ダミアンが5歳になり盛大な誕生パーティーが大使館で開かれるが、そこに一匹の黒い犬が現れ、その直後にダミアンのナニーだった若い女性が、建物の上に立ち、ダミアンのためよ!とか言いながら飛び降りる事件が起こる。すると、一人の神父がロバートに近づいてきて、キリストの血と肉を食べなさいと聖体拝領を行うよう強く勧告するのだった・・・。

 

オカルトホラーのジャンルなので、用心しながら観始めたが、1976年製作の映画はすべてがアナログで、なんだかノスタルジックでまったりとした気分で観ていた。しかし、そこはオカルトホラーなだけあって、ストーリー後半に進むにつれて、手で目を覆いたくなる怖いシーンもあったが、同時にアナログなので、そんなシーンがB級ホラーの映像のようで、思わず笑ってしまった。

ダミアンの面倒を任されたと言って現れた新しい住み込みのナニーも怪しくて、最初に出てきた黒い犬を部屋に入れていたりして、その周囲には不穏な雰囲気が漂っていた。

 

そして、やはり10月に訪れたロンドンの教会とその近くにあるテムズ川沿いのBishop's Parkが出てきたシーンが個人的ハイライトだった。その場所は、神父がロバートに話を聞きに来るようにと言った場所だった。テムズ川沿いの遊歩道のベンチに神父は腰かけていた。
 

 

彼はロバートに、ダミアンが悪魔の子であり、ロバートの家族に危険が迫っているから、それを阻止するには聖体拝領を受けて、悪魔の子であるダミアンを倒す唯一の武器であるメギドの短剣を手に入れるため、イスラエルのテル・メギドへ行くよう説得するのだった。しかし、ロバートは神父の言葉を信じず、神父は狂っていると言い放ち、その場から立ち去る。
 

 

その後、公園には突然暴風が吹きはじめ、嵐のようになり、神父はなんとか近くの教会にたどり着くが、中に入れず、その教会の前で、落雷で落ちてきた避雷針に貫かれて死んでしまう。

 

 

映画は76年に撮影されたが、それらのシーンに出てきたテムズ川沿いや公園の映像は、昨年訪れた時(上の写真)とあまり変わっていなくて、約半世紀たってもロンドンて古い建物も壊されることなく、テムズ川の遊歩道の景色も変わらず、公園の緑地もしかり、映画を観ていて、まるでタイムスリップしてきたような気がした。

 

オカルトホラー映画はめったに見ないが、たまたま好きなバンドのMVのロケ地を訪ねたところ、そのMVは映画のオマージュでもあったようで、バンドに導かれ、前もってロケ地を訪ねてからの鑑賞となったオーメンはいろいろと興味深かった(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画『ハムネット』を観てきた。

監督はクロエ・ジャオ、主演はジェシー・バックリー、ポール・メスカル、エミリー・ワトソン、ジョー・アルウィンほか。

 

 

ストーリーの舞台は、シェイクスピアの故郷、ストラトフォード・アポン・エイボン。若きシェイクスピアが妻となるアン・ハサウェイ(映画ではアグネス/アニエスと呼ばれていた)と出会い、子どもを授かる一方で、シェイクスピアは劇作家になるべくロンドンに出て行き成功するが、映画では主にストラトフォードに残ったアンと子供たちがメインに描かれていた。

 

映画の冒頭だったか、ハムネットとハムレットという名前は当時は同じ名前と見なされていた、というような字幕が出ていたが、確かにこの字幕から映画のクライマックスにつながった。

 

妻のアンは、森のウィッチと呼ばれていたとかで、薬草に詳しく、鷹を飼いならし、自然と調和した生活を送り、古い言い伝えを信じる人だった。子どもを授かるときか何かで、言い伝えにとらわれていたりして、スーパーナチュラルな女性?のアンをジェシー・バックリーが熱演していた。また、シェイクスピアの母役のエミリー・ワトソン、久しぶりに見た気がする。彼女が若い時に出演していた映画は結構観ていたが、エミリー・ワトソンが若かったら、このアン役にもぴったりだった気がする。ちょっとエキセントリックな役柄を演じていた印象がある。

 

シェイクスピアがロンドンから戻ったとき、三人の子どもたちと後の作品となるシーンを演じていたが、あれは三人の魔女のシーンだったか、マクベスの「きれいは汚い、汚いはきれい」というセリフもあったり、ハムレットの有名なセリフ「To be, or Not to be…」も、もちろんハムレット上演に絡んで、テムズ川を見下ろしてつぶやいたり、シェイクスピアの人生も映し出していたようだった。「尼寺へ行け」という、オフィーリアがハムレットに言われた有名なセリフも出て来たが、シェイクスピア作品好きな人はそのところも楽しめる作品だと思う。シェイクスピアのハムレットを読み、最後に劇を見たのはもう10年くらい前だったので、だいぶ忘れてしまったが、作品に絡んだ場面ではストーリーを思い出しながら映画を観ていた。

 

当時は、疫病のペストが流行し、医療や薬もほとんどなくて、伝染病にかかったら最後、あとは自己治癒力と神頼みという感じだったのかと見ていて思った。双子のジュディスとハムネット、最初に病に倒れたジュディスはアンの必死の看病でなんとか山を越えるが、後から感染してしまったハムネットは、ジュディスの身代わりになって亡くなったような描写だった。兄弟で感染症にかかると後から感染したほうが症状が重くなる印象があるが、ここでもそれが該当しそうだ。昔、兄弟で水疱瘡に罹った記憶があるが、弟が先に感染し、後で感染した私のほうが重かった気がする。


ハムネットが亡くなる間際、現実世界では苦しむハムネットの分身?が、一人ぼっちでどこかをさまよっているシーンは、とてつもなくもの悲しさを感じた。以前から思っていたが、女性の作家や監督が描く作品は、どことなく、そういったもの悲しさの深みが容赦ないくらい強く、生々しく描かれるような気がする。見ていて辛い。それはやはり女性特有の感覚というか、女性の強さがそうさせるのかもしれないと思った。

 

この映画の主人公でもある妻のアンのことはあまり知らなかったが、映画を観ながら、20年前に訪ねたストラトフォード・アポン・エイボンでシェイクスピアの家や、娘スザンヌが医者と結婚して住んでいた家などを見学したのをうっすら思い出した。双子の息子だったハムネットが幼くして亡くなったというの覚えていたので、そのシーン悲しいだろうな!と思いながら映画を観た。

 

クライマックスでは、ロンドンの芝居小屋でハムレットが上演されるシーンがあるが、ハムレットの父親の亡霊役をシェイクスピア自身が演じていて、白塗りの亡霊が怖かったが、ハムレットは、息子ハムネットの死からインスピレーションを得て生まれたものなのか?という感じだった。

 

ストラトフォードのシェイクスピアの家(再現)に行った時に、お父さんが革職人だったという展示を見たのを思い出し、後に借金を抱えて没落したというエピソードも思い出した。そしてシェイクスピアがロンドンで劇作家として成功し、家族に仕送りをして大きな家を持てたというのも、、ストラトフォードに行ったときのブログを掘り出してきた↓

20年前に訪れたストラトフォード・アポン・エイボンについてのブログ投稿

 

また、この映画の題材となったマギー・オファーレルの同名小説の内容がノンフィクションなのかどうか不明だが、その小説を読んでみたいと思った。

 

 

 

 

 

シェイクスピアとアンの関係をすっかり忘れいていたので、小田島雄志のシェイクスピア遊学という新書を取り出して、生涯のところを少し読んだら、アンはシェイクスピアよりも7歳くらい年上だったようだ。また、夫婦仲があまり良くない印象があったけれど、単身赴任ということもあってのことだったのかも。「ヒトゴロシ」と覚えたシェイクスピアが誕生した1564年~のことだから、そんな昔のことは言い伝えにしても正確なことはわからないだろう。

 

 

 

 

10月のイギリス旅行の続き。

 

グロスタードック周辺を散歩した後は、次の目的地、といってもドックから歩いて10分くらいのグロスター博物館へ向かった。

朝は晴れていた天気もどんよりとした曇り空になって来て、風も少し強くなり、ちょっと手が寒くなりコートのポケットに手を入れながら歩いていた。

 

運河の周辺やマーケットのあるショッピングセンター周辺は人手がけっこうあったが、サウスゲートストリートからパーラメントストリートに入り、博物館のあるブランズウィックロードを進むと、いわゆるハイストリート(商店街)のような通りがあったが、日曜のせいか店舗も閉まっていて、通りは閑散としていた(下の写真)。日曜日の静かなハイストリート、なんだか昔イギリスの地方の街に語学留学で滞在していたときの日曜日を思い出し、懐かしいような、ちょっと裏寂しいような気分になった。

 

 

ほどなくしてグロスター博物館に到着した。通り沿いにあるのですぐに見つけられた。

 

博物館の入り口

 

博物館の建物全体

 

博物館の隣の建物はなにやら古いゴシック様式か何かの建物があった。

 

同じ通り沿いにあった小路の先にはパブのような店が見えた。

 

事前に博物館について調べていた時に、ムーミン展を夏から開催していて、私が訪れる日曜が最終日であることを知り、内容はファミリー向けのようだったが入場料も5ポンドと手頃だったので見てみることにした。

 

展示の案内もムーミン仕様でかわいらしかった

 

おばけみたいなのはモランと言うらしい。

 

お馴染みのムーミンママとスノークのおじょうさん。子供たちが等身大のキャラクターパネルと遊べるようになっていた。とはいえ、最終日のお昼前後に訪れた時は、子ども連れの家族一組がテントみたいなところでまったりと座って本を読んでいたが、他にはお客さんは見かけなかった。

 

レギュラーのリトルミイ

 

右側はスニフ、左側の男の子の誰だっけ?・・・ホムサというらしい。ムーミンの公式サイトで調べた 。

 

スナフキン

 

このキャラクター、トゥッキ・・・とかいう名前?とうろ覚えだったが、トゥーティッキだった!

 

この展示はムーミンのお話が初めて書かれてから80周年を記念したものだった。

 

絵本や書籍が展示してあり、自由に手に取り見られるようになっていた。

 

(トーベ・ヤンソンが一番最初に書いたムーミンのお話の本。昨年だったか、ブックオフでこの中古の文庫本を見つけて読んだのを思い出したのでちょっと見てみた。→ その時のブログ投稿

 

おそらくこの展示は夏休みは親子連れなどでにぎわったに違いないが、10月初旬の最終日、博物館自体にもお客さんがほとんどいなくて、貸切状態(笑)な感じだったが、この後は、常設展のエリアに行ってみた。

 

(これはフィリフヨンカ。別れを悲しんでくれている)

次の探索へ続く・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨年10月のイギリス旅行の続き。

 

グロスターに3泊滞在した2日目の日曜は、グロスタードックという運河の倉庫エリアに行ってみた。

滞在した宿からそれほど遠くなく、歩いて15分くらいで到着した。

10月初め、お天気は良かったが、吹く風は少し冷たかった。イギリスは秋が深まるのが早い。

 

 

 

 

運河の岸に立ち並ぶ倉庫には名前がついていて、所有者の会社名だと思われる。案内板の説明によると、Main Basin(主要な停泊水域)に並ぶ多くの倉庫は穀物の保管庫として建設された。厚いレンガの壁にスレート屋根、強固な木床でできた倉庫は、鋳鉄製の柱で補強された構造。小さな窓は喚起用に設置されたため、元々はよろい戸が取り付けられていたそうだ。

 

 

穀物を荷積みした船が岸に到着すると、倉庫の屋根裏に設置されたウインチ(巻き上げ機)で穀物の袋を手動で引き上げて、倉庫に保管したという。保管していた穀物が必要になると、再びウインチで下ろして運河に停泊した船やレール上の台車に載せた。(下の写真はその台車レールの名残のようだ。)

 

 

(↓運河の水辺で模型の船を浮かべて遊ぶ地元民)

 

いちばん上の最初の写真の「North Warehouse」という倉庫は、1827年に運河が開港されるときに最初に完成したもので、他の倉庫はその後50年以上にわたりこの主要な停泊用水域を囲むように建てられたという。しかし20世紀半ばに荷物の取引量が減少するにつれて、多くの倉庫は使われなくなり、West Quayにあった8棟続きの倉庫が取り壊されたが(現在は集合住宅の建物に建て替えられている)、その他の倉庫は現在もこうして保存され、別の用途に活用されているとのこと。

およそ200年前のレンガ造りの頑丈な建物、いろいろとリノベーションは必要かもしれないが、むやみに壊さずに現在も再利用できてほんとうに素晴らしい。イギリスは地震や災害が少なく、気候的にも建材への影響が少ないのか?、古い建物が長持ちしやすいのかもしれない。

 

運河の水流の速さ?を知らせる標示板。

 

 

この運河はRiver Severn(セバーン川)の支流のようだ。せっかくなのでセバーン川を見たいと思い、歩いて川が見えそうな方へ行ってみた。

すると狭い川を渡るフットパスがあったが、これがセバーン川らしかった。

 

 

上の写真の地図では、セバーン川沿いを散歩できる道が続いていたが、この後、他の場所に行く予定があったため、この標示板のところでまた運河の方へ引き返すことにした。(下の写真がそのセバーン川沿いの道らしかった)
 

 

 

 

グロスター運河に戻り、ショッピングセンターなどがある広場を散策した。
 

(上の写真:スーパーマーケットのモリソンズの外観も海運チックな佇まい?)

 

 

 

(日曜日だったのでマーケットが立っていた。)

 

 

去る1月末にリリースされた、Kula Shaker(クーラシェイカー)の新譜『Wormslayer』(ワームスレイヤー

)。

今回も日本盤が欲しいと思っていたので、発売日の数日前くらいにチェックしたらAmazonで販売することを知り慌てて予約購入した。そして、発売日当日にアルバムが届いた(さすが日本盤!)。HMVでの購入も考えたけど、サービスポイントの大きさにつられてAmazonで注文してしまった。

 

 

 

 

このアルバムに収録されている曲の数曲は、昨年春頃から年末くらいにかけて、シングルカットとしてミュージックビデオなどで公開されていた。数ヶ月ごとに新曲が出るので、その勢いのあまり、アルバム発売日までに全曲公開してしまうのではないか?と思ったほどだったが(笑)、全曲は公開されず、アルバム発売日が来た。

 

日本盤は、前作同様、音楽ライターによるライナーノーツ、歌詞の日本語訳、そしてクリスピアンの各曲解説付き。自分が長年好きな海外バンドのアルバムといえば、日本盤がリリースされることが少なくなってきた昨今、日本盤が入手できるのは嬉しい。日本盤リリースが可能なのは、おそらくアーティスト側のレーベルと国内のレコード会社との関係によるものなのか?詳しくはわからないが、他のお気に入り海外バンドやアーティストは輸入盤しか入手できないことも多いので、日本盤が出ているうちはまだまだ来日公演の可能性は高いのかと希望が持てる。もちろん日本盤がリリースされずとも、来日公演されているバンドやアーティストはいると思うが、そのところってどういう仕組みになっているのか興味津々なんだけれども、やっぱり、プロモーターがバンドやアーティストに声をかけて、アーティスト側がOKだと、来日公演が成立するのか??

 

そしてアルバムリリースと同時くらいに、アルバムタイトルと同名の「Wormslayer」のミュージックビデオが公開された。この曲は7分30秒という大作で、そのMVもさらに長い9分を超える作品。ちょっとしたドラマのエピソードを観ているようで、曲の良さもあって見応えがある。いつの間にかMV日本語字幕バージョンがアップされていた。

サムネイル画像がちょっと強烈なので(映像もちょっと激しい部分はある)、ここではYoutubeのリンクを載せておく→ 「Wormslayer / ワームスレイヤー」

 

MVにはクリスピアンの息子さん二人が出演し、キーボード奏者のジェイ・ダーリントンがコミックショップの店主に扮している。冒頭の店内のシーンでは、クリスピアン息子たちが演じるティーンエージャーの風貌が、どことなくアメリカのドラマ「Stranger Things」のキャラクターを彷彿させたり、コミックショップに至っては「ビッグバンセオリー」を思い出してしまった(えーと、、シェルドン!懐かしい)。このMVは実写とアニメが融合しており、どこかのインタビュー記事でクリスピアンが、日本のアニメへのオマージュを表現していると語っていたが、確かに曲を聴いていたら「Damon Slayer!」って聞こえるな~それって『鬼滅の刃』の英タイトルだったかな?と思って歌詞をチェックしたら、その部分は「Hey Wormslayer!」と書いてあり、自分の聞き間違えだった(笑)。でも発音的にも近いのでそう思ってもいい?

 

日本盤に付いていたクリスピアンの曲解説でもなかなか興味深いことが書いてあり、創造性というかクリエイティビティが奥深く、曲に込められたスピリチャルな側面も見られるようで素晴らしいと思った。楽曲的にもちょっとメロディアスなヘビメタ?チューンで、あまりそちら方面の音楽に興味のない自分でも、映像と合わせて楽しめるが(ワームのところが相変わらず苦手だけど、これは、かのミルズ監督作品に通じるところがある?)、ストーリー性もあって引き込まれる。