MRS-3
「シングルファーザー?」


短時間ではあったが、前回は店の中のレンタル商品を少しだけ見ることができた。
思っていた通り、普通では考えられん物ばっかりやったわ。
その時はあほらしすぎて疲れたけど、あとになって妙に興味をそそられる気持ちになってたのが不思議やった。
きっと他にも、一見あほらしいけど興味深い物がいっぱいあるんちゃうかなと思う。
そしてオレは今夜も、あの奇妙な店長がおる奇妙な店『MRS』に向かって、フラフラと歩いている。
まさかあんなことになるとは予想もせずに…。


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店長:いらっしゃいませ。
オレ:こんばんは……。えっと…店長は不在ですか?
店長:アポは取られてますでしょうか?
オレ:いや特にそんなんしてないですけど。店長と会うのにアポ必要なんですか?
店長:いえ、特にそんな。
オレ:………もしかしてあなたは新しく入った店員さんですか?
店長:違いますよ。
オレ:じゃあ、他の店の店長さんですか?
店長:ぼくはここの店長です。
オレ:え?いや、オレが知ってる店長じゃないんですけど…💦
店長:『店長D』と呼んでください。
オレ:『店長D』って、MRS東京渋谷店の店長ですよね?
店長:いかにも。ここの店長です。
オレ:……なんでや。なんかおかしいぞ。これはかなりおかしいぞ。
店長:なにがおかしいんでしょうか?
オレ:だって…。その顔、その姿。おかしすぎると思う…。
































店長:おかしいですかね?
オレ:おかしいですよ。
店長:どこがおかしいんでしょうか?
オレ:どこがって…まず見た目がいつもの店長Dじゃない。
店長:ではいつもの見た目ってどんな見た目ですか?
オレ:いつもは……例えば……ベルボーイとかビクトリア朝時代の紳士とか……。
店長:それだけですよね?
オレ:それだけですね…。
店長:バラバラですよね?
オレ:確かにバラバラですね…。
店長:素顔って知ってますか?
オレ:そー言えば知りません。見たことないです。
店長:ベルボーイ、ビクトリア朝時代の紳士、そして今のこの姿。どれが素顔だと思います?
オレ:どれも素顔じゃないと思う…。
店長:そうでしょう。だって最初の2つとも、コスプレだと言いましたよね?
オレ:そう言われればゆーてましたな。あ……ってことは?
店長:気が付きました?
オレ:今のそれも店長Dのコスプレ?
店長:正解!
オレ:いや正解なんかも知れんけどさ。確かに声はあの店長の声やったけど。それにしてもなんなんそれ?
店長:誰のコスプレだと思いますか?
オレ:誰ってそら、その頭とか体型、服装からして、あの人しかおらんやろ。
店長:あの人とは?
オレ:名前なんやったっけ?
店長:ヨン様?
オレ:ちゃうし。
店長:将軍様?
オレ:お!?それかな?
店長:黒電話?
オレ:あの人やないかい!
店長:そこまでにしときましょう。粛清されたら困りますから。
オレ:そら怖いわ。あとさ、髪型とか格好はあの人に寄せてるけど、中身の顔自体はまるでマツコデラックスやん。わざとか?
店長:うーん…ぼくの知らない世界ですわ。
オレ:知っとるやんけ。それも意識してやったんか?
店長:いえいえ。将軍様のコスプレやってたら偶然マツコデラックスにも似てしまったってだけです。コスプレ名は『将軍・金マツコ正恩デラックス様』って事でよろしい?
オレ:なげーよ。混ぜこぜにしただけやないか。あ…もしかしてほんまの店長の顔がそっちに似てるとか?
店長:そこまではちょっと。個人情報なんで。
オレ:個人情報とか関係ないやないか。あとめっちゃ気になったことがあるんやけど。
店長:まだ気になります?
オレ:気になる気になる。数日前に見た店長はめっちゃスリムやったのに、あれからちょっとしか経ってへんのにどうやってそんなに太ったん?
店長:コスプレのためです。俳優で言えば役作りです。
オレ:役作り?
店長:ロバート・デ・ニーロは役作りのために前髪の毛を抜いて丸顔のアル・カポネに似せました。また役作りのために数十kgも太ったり痩せたりしています。すごくないですか?
オレ:ってことは?店長も将軍様に似せるために短時間にそれだけ太ったん?
店長:その結果偶然にもマツコデラックスにも似てしまったとゆー笑い話ですけどね。クスクス。
オレ:なに一人で笑ろとんねん?
店長:まぁこれは特殊メイクですけどね。
オレ:え?ってことは努力してへんやん。特殊メイクはすごいけど。
店長:すごいですよ。かなり時間かかりましたもん。
オレ:自分でやったんか?
店長:特殊メイクは専門チームに依頼しました。
オレ:そんなチームあんのか?
店長:必要な時にはオーナーが用意してくれます。
オレ:オーナーが?なんでそこまで…。
店長:よく理解してくれてるオーナーには感謝しかありません。ちょっとクセが強いですけど。
オレ:それ言わんでええやろ。どんだけクセ強いオーナーやねん。
店長:とにかく役作りのように頑張りました。
オレ:でもロバート・デ・ニーロほど体張って努力してへんよな。メイクだけやもん。
店長:時間かかりすぎたので、ずっと寝てました。
オレ:ほれみたことか。
店長:たまーにマックシェイク飲んでましたけど、最初の方はストローの通りが悪くてイライラしましたけどね。まぁシェイクあるあるですけど。
オレ:知らんがな。
店長:とゆーわけで今夜は『将軍・金マツコ正恩デラックス様』がお相手いたします。マンセーしてください。
オレ:断る。そんなことさせるんやったら帰るぞ。
店長:脱北するとか…。非国民ですね(涙)
オレ:脱北ゆーな。
店長:テポドンが怖くない?
オレ:それもう古いし。もっと新しくなってるから。
店長:もっと情報収集せねば。
オレ:そんなんどーうでもええから。じゃオレは今から店の中を物色するわ。
店長:下着ドロみたいでワクワクしますね。
オレ:確かにワクワクするのは否定せんけど、例えが下着ドロってなんやねん?
店長:でもレンタル商品には下着もちゃんとありますよ?
オレ:あんのかい!!そんなもんレンタルすんなよ。買い取りやろ?
店長:いえいえ、普通にレンタル商品です。
オレ:あかんて。そんなん取り扱ったらあかんて。
店長:歯ブラシとかマスクも取り揃えております。
オレ:マジかい!?それって法律に触れるんちゃうの?
店長:大丈夫です。しっかり洗濯してますから。
オレ:洗濯してるとかの問題ちゃうやろ。それって店長が洗濯してんの?
店長:してますよ、コインランドリーです。オーナーが全国展開してる『旅貴族』ってゆーコインランドリーです。
オレ:え?オーナーってそんなんも経営してんの?すげーな。ほんで名前が『鳥貴族』に似てる気がするんやけど…。
店長:今度、韓国にも進出しました。4時間待ちの長蛇の列ができてたらしいです。
オレ:やっぱり『鳥貴族』やんけ!!ほんでなんでコインランドリーやのにそんな利用者が多いん?おかしくない?
店長:ではぼくは平壌で仕事してますので、ごゆっくり店内を物色してください。
オレ:いきなり放置かよ…。で、平壌ってなに?これから平壌に行くん?
店長:このカウンターの中です。
オレ:カウンターって言えや。
店長:もしかしてマンさん…。
オレ:なに?
店長:喜び組を呼んで欲しいと思ってます?
オレ:そんなこと全然思ってへんけど、呼んだりできんの?
店長:できません。
オレ:できんのかーい。まぁそらそうやろうな。単なる将軍様のコスプレやってるだけやからな。
店長:喜び組のコスプレ軍団なら用意できますけど。
オレ:マジかよ。そっちのコスプレもあんのかよ。しかも軍団?
店長:軍団です。せいぜい頑張って3人ですけど。
オレ:トリオかよ。
店長:容姿は喜べない喜び組です。
オレ:存在意義あんまりなさそうやな。
店長:そうですねぇ。バイト代払ったらさっさと脱北する喜び組軍団ですもん。
オレ:脱北ゆーなって。まぁとにかくオレは店の探検さしてもらうで。店長はカウンターで仕事しててや。
店長:平壌ね。
オレ:もうええて。
店長:行ってらっしゃい(。・ω・)ノ゙ さっきから泣いてる背中の幼児は、こちらでお預かりしましょうか?
オレ:やめろーーー!!怖い💦怖いって💦店長に預けるからはよ降ろして!!
店長:じゃあその幼児を平壌に置いといて、ぼくがマンさんに付いて行きますよ。
オレ:あ、そんなんできんの?じゃそうして。
店長:ではこれから国内視察に出発します。マンさんは間違って38度線を越えないように注意してくださいね。
オレ:越えるかい!!








店長:いかがですか?この品揃え。
オレ:わ!?なにこのコーナーは?
店長:武器コーナーです。旧式から最新式まで取り揃えております。
オレ:まさか…本物?
店長:んなあほな~。
オレ:急に関西弁かよ。ビックリさすなよ。
店長:限りなくリアルに作りこまれた武器です。もちろんレンタル商品です。
オレ:へ~これみんなレンタル商品?すげーな。だけどリアルに見えるだけで、単なる飾り物なんやろ?
店長:そう思いましたか。実はそうじゃないんですよ。
オレ:え?どーゆーこと?
店長:武器としては飾り物ですが、実はこっそりと実用品でもあるんです。
オレ:こっそり…。なんでこっそりなん?実用品なら堂々としたらええのに。
店長:エロい実用品はそんな堂々と出せないでしょ?飾り物に紛れ込ませないと。
オレ:エロい実用品……それは追及せんとくわ。
店長:ある意味“エロい武器”って捉え方もできますね。
オレ:いやもうそれはええて。で、例えばこの中からどれか借りるとする。何個まで借りれるん?
店長:レンタるとしたら、ですね?
オレ:あ、そうそう。何個までレンタれるん?って、なんでオレまで使うかな…。
店長:借りられる個数や点数は、店長の判断に委ねられます。
オレ:そうなん?えらい曖昧やな。
店長:伸び縮み自由なフレキシブル・ルールと言ってください。法律と一緒です。
オレ:法律をそう呼んだらあかんぞ💦
店長:この中の武器なら、5個まででしょうね。
オレ:5個か。何日借りれ…レンタれるん?
店長:レンタれる期間は…
オレ:レンタル期間でええと思うけど。
店長:とりあえず1ヵ月です。
オレ:そこもちょっと曖昧っぽいな。で、その料金は?
店長:500エジプト・ポンドです。
オレ:なんでそんなわけの分からん単位やねん?円で言えや。
店長:今なら約1500円前後ですかね?
オレ:なんか面倒くさいな、このやり取り。
店長:レンタります?
オレ:まだやめとく。他の物も見たいし。
店長:あまり急がなくても結構ですよ。お連れの幼児は平壌でスヤスヤ寝ておられるようですし。
オレ:思い出さすなや!!怖いって💦
店長:申し訳ありませんでした。では忘れましょう。
オレ:わざと思い出させようとしてるやろ?
店長:めっそうもございません。
オレ:その格好で真面目に言われても、胡散臭さしかないんやけどな。
店長:ファブリーズ使ってるんですけどねぇ。
オレ:そっちの臭さとちゃうねん。もうええ。武器は武器で興味あるけど、違うコーナーに行くで。
店長:お供させていただきます。



オレ:ここはまた、使い込んでそうな古びた小物とか書物とかいっぱいあるな。
店長:いわくのある物ばかり取り揃えております。
オレ:あんまりいわくがあるのもなんだかなって感じやけど…。なんかオレ、このノーとに惹かれる。なんでかな?

店長:きっと惹き合ってるんだと思います。思い切って告ってみては?
オレ:なんでこんな古臭いノート相手に告らなあかんねん。
店長:とか言いながら少し声が震えてますよ?
オレ:震えてへんわ。なにええ加減な事ゆーとんねん。
店長:ビブラート効かすなんて、なかなかのテクニシャンですね。
オレ:オレなんもテクニックなんて使ってへんし。使うような状況か?
店長:使いたいですか?
オレ:まぁ時々…って、なんの話をしてんねん?
店長:机ドンしたら一発で陥落するかも知れませんね。
オレ:机ドン…。単なる癇癪持ちのおっさんが物に当たって怒ってるだけやんけ。
店長:どうぞ、このノートをおっ広げてください。
オレ:下品な言い方やめろよ。じゃ、手に取ってみる。
店長:手に手を取って二人は、あの砂漠の向こうへ逃避行するのであった…。
オレ:店長…妄想癖あんのか?
店長:盛り上げようと思いまして。
オレ:要らんから。………これは………手書きでなんか書いてある。
店長:なかなか達筆ですな。
オレ:下手くそな字やん。なになに?『歯が無くても食べられるトロットロ豚の角煮』…なにこれ?
店長:ちょっと見せていただきますか?マンさん、顔をもうちょっと向こうへ。
オレ:オレの顔に近付きたくないんかい。オレも一緒やわ。
店長:これは豚の角煮のレシピメモですね。
オレ:……ほんまやな。なんか材料とか作り方っぽいのが書いてある。字が汚くてちっさいから読みづらいな。他のページもこんなんかな?
店長:マンさん、今チラっと見えたページ、よく見てください。
オレ:どこや?これか?
店長:それです、それそれ。
オレ:えっと…『簡単!バラエティ豊かな離乳食の作り方』……離乳食?
店長:ちょっとこのノートのカバー外して見てもらえますか?
オレ:ボロボロやけど大丈夫かな…カバー…なんとか外した…なんか書いてあるぞ?
店長:このノートのタイトルみたいですね。
オレ:なになに?……『シングルファーザーのためのレシピ帳』って…。
店長:そりゃ惹かれ合うはずですよね!これぞ正に感動の出逢い!素晴らしい!!絶対にレンタりますよね?
オレ:レンタるかーい!!オレはシングルファーザーちゃうぞ?
店長:え…だって平壌には幼児が。
オレ:( ̄▽ ̄;)…今日は帰るわ。怖くなってきた。
店長:それは残念です。
オレ:まぁまた来ると思う。悔しいけど。
店長:そりゃ来るでしょう。
オレ:腹立つわ、その態度。
店長:では階段までお見送りします。
オレ:上まで行ってくれへんのか?
店長:だってこの格好ですけど…。
オレ:………ええわ、上までよろしく。
店長:マンさんさえ良ければ。ではまたのお越しをお待ちしております。
オレ:だから上で言えって何度言えばわかるかな。

終わり