男女の会話65

「通訳2」


男:おはよう。男です。
女:お目覚め直後の椅子完樽星からの帰国子女です。
男:起きたばっかりかい。ほんで帰国子女って、めっちゃ胡散臭いんやけど。
女:臭いって失敬な。無臭過ぎて息がつまるぐらい無臭です。
男:無臭やのに息がつまるってのが怖いけどな。
女:そんな事より、はいこれ。
男:ん?これは……なんや?
女:旅のしおりです。例のやつです。前回の会話のやつですね。

 


男:ほぉ。わざわざ作ったんか、キミが。
女:作りました。ってか、作っておきました。
男:なんで前もって作っとんねん?
女:そら、いつか誰かがあたしの故郷『椅子完樽』を旅する時に渡そうかなと。
男:そんな不確定なもののために?わざわざ作ったん?
女:そう。いつか……誰かのために…。
男:なんかのタイトルみたいに言うなよ。
女:サブタイトルです。ちなみにメインタイトルはまだ考え中です。
男:メインタイトルを先に考えとけよ。いや別にええけど。
女:とにかくそのしおり、見てみてくださいよ。
男:なかなかちゃんと作ってるな。ほんでかなり分厚い。大きさはちょうど手の平サイズかな。なんと一番外側は革製カバーやん。なんの革なん?
女:椅子完樽ウミウシの表皮です。
男:ウミウシ…どおりでヌメヌメしてると思った。ってか椅子完樽にウミウシっておんのか?
女:地球のウミウシに似てるからそう呼ばれてるだけです。
男:似てるだけって事は、別の生き物?マジかよ。得体が知れんな。なんか怖いな。
女:マンさん。しおりの外観やなくて中を見てください。
男:ああ、中身な。……けっこう分厚くて…内容もビッシリと書いてあるな…。
女:あ、内容の文字は読まんとってくださいね。
男:なんで?
女:内容まではまだ間に合わんかったんで、新聞紙をカットした束なんですわ。
男:見かけだけかーい!だったらしおりの意味ないやんけ。
女:マンさん。テキトーにパラパラして、内容を読んだ雰囲気だけ出してください。
男:やかましいなさっきから。雰囲気だけなんて意味ないやんけ。
女:表紙からね。
男:もうすでに見てるけどな。でさ、前から気になってたんやけど…
女:なんでっか?
男:『椅子完樽』やねんけど…なんで漢字なん?
女:漢字を愛してるからです。椅子完樽星人が。
男:マジか。ちっとも理解できひんけど。ってことはこれ、当て字か?
女:そうですね。発音をこの漢字に当てたんでしょう。
男:なんか昔の暴走族とかヤンキーみたいやな…。で、当てたんでしょうってことは、キミが勝手に考えたんやないんか。
女:あたしです。
男:キミなんかーい!なんやねん、まるで他人事風な言い方して。
女:いや、なんか自慢してるみたいに取られても困りますんで。
男:別に自慢にならんけどな。
女:そんな事よりはよ中を見てくださいよ。
男:今見なあかんのか?船に乗ってからでええんちゃうの?
女:搭乗時間までまだまだありますがな。
男:だけどその間にも色々やらなあかんことあるやろ。搭乗してのんびりしてからでもええやん。
女:そらまぁそうですけど。じゃあ取りあえずその旅のしおりは、大切にパンツの中にでも保管しといてください。
男:なんでパンツの中に保管せなあかんねん。保管場所にしては不適切ちゃうか?しかもヌルヌルしてるし。
女:ヌルヌルしてても革のカバーやから傷みにくいです。それに盗まれにくいですやん。保管場所としては最適ですよ。
男:なんか革のカバーに申し訳ないな。
女:そうでっか?革からしたらええ感じに使い古した感じになって馴染んでくると思いますけど。
男:パンツの中でか?ウミウシに似たわけの分からん生き物の皮膚やのに?どんな環境やねん?ってか革のカバーはどーでもええねんて。
女:パスポートは持って来ました?
男:ああ、持ってきたで。これこそ大事やから、パンツの中に保管しといた方がええんかな?
女:そんな不適切な場所に保管します?考えられまへんわー。
男:おい。どないやねんそれ。
女:だって考えてくださいよ。椅子完樽に行ってもしパスポートの提示を求められたら、そのたんびにパンツに手を突っ込んでパスポートを出すんですよね?そんなパスポート触りたくないですやん。マンさん本人に開いてもらうしかないでっせ。
男:まぁ確かにパンツに手を突っ込むのは控えたいな。ってかよう考えたら、旅のしおりもそうやん。
女:なにが?
男:旅の途中でしおりを見ようとする度に、やっぱりパンツに手を突っ込んでしおりを取り出すねんで?パスポートの時と一緒やん。
女:でもマンさんしか触らんでしょ。
男:ん…まぁそうかもな。
女:しかも革カバーですから。しっとりとした手触りが楽しめまっせ?頬ずりしたくなるかもですよ?
男:しっとりとかゆーな。元々革カバー自体がその…なんとかウミウシの革やからヌルヌルしてもーてるやん…。キミに頬ずりさしたろか?
女:そんな事したらセクハラで訴えますから。
男:どないやねんそれ?…ってことはキミ、今キミのパスポートはキミのパンツの中に保管してんのか?
女:いかにも。ジプロックに入れて。
男:なんでキミだけジプロックに入れとんねん?
女:だってパスポートの提示を求められてパンツから取り出したあと、そのパスポートを触るのを拒否されたら嫌でしょ?
男:そら嫌やろな。
女:だからジプロックに入れとくんですよ。
男:なるほど…って、だったらオレだってジプロックやろ。
女:革カバーがありますがな。
男:革カバーあったって触りたくないやろ。
女:さっきから屁理屈ばっかりゆーてますね。
男:どこが屁理屈やねん?それはキミやろ。
女:そんな事ばっかりゆーてると、船に間に合わんようになりまっせ?
男:間に合わんかったらそれまでや。
女:なにゆーてますのん?搭乗に間に合わんで椅子完樽に行けんかっても、旅に関わる諸経費は全て支払わんとあきまへん。それはもうあたしがマンさんの分まで先に支払ってありますねん。それ、全額返してくれますのん?
男:え?そんなこと言われても、そもそもオレが椅子完樽に行きたいとか言ったわけじゃないし、勝手に全額支払ってもらっても困るわ。それにどっちみちそのお金、自分の分は払わなあかんかったんやろ?
女:あたしがそんな無慈悲な女に見えまっか?
男:いつも無慈悲やろ、大体が。
女:マンさんが一緒に椅子完樽に行ってくれるんなら、お金は全額あたし持ちにするつもりでしたんやん。もちろん返済なんて要りまへん。
男:マジか。なんでそこまでして?
女:マンさんを椅子完樽に連れて行きたいからです。
男:その一心でか…そうか…。そんなにキミは自分の故郷である椅子完樽をオレに見せたかったんやな。それは悪かったな。ありがとう。
女:そう。マンさんを椅子完樽に連れて行ったら、あたしとマンさんの全ての旅費は椅子完樽の観光局から貰える手はずになってますんで。
男:や、やっぱり( ̄▽ ̄;)
女:ま、そんな裏事情はマンさんが知る必要ないです。
男:そりゃ知りたくもないけど、知っとかなあかんような気もするし…。
女:マンさん…。
男:なに?
女:そんなにあたしの事が………知りたいんでっか?
男:意味ありげにそこの間を空けるな。ほんで個人的なことはお互い知らん方がええと思ってるで。
女:ゆーたらあたしは、マンさんを宇宙戦艦トマトに乗せて椅子完樽星を目指して旅するメーテルといったところでしょうかね。
男:それ、銀河鉄道999やん…。
女:………じゃ、そーゆー事で。
男:あっさりやな…。
女:ほんでですね、マンさん。
男:今度はなんや?
女:椅子完樽語での会話に関してはあたしが通訳するので問題ないんですけど、マンさんは全く知りまへんでしょ?
男:知らん知らん。聞いたこともないし。
女:じゃあ椅子完樽語の雰囲気だけでも味わっておいた方がええと思うんですけど、いかがですか?
男:雰囲気を味わうか…。覚えなあかんとかなら断るけど、とりあえずどんなものか聞くぐらいならええかな。
女:分かりました。それではあたしの肉声で椅子完樽語の会話をお聞かせします。
男:肉声よかゆーな。一人で会話すんのか?
女:そーです。会話例です。ほないきまっせ。
男:はいはい。
女:「〇〇〇」「△△△」これは挨拶です。
男:へ~これが椅子完樽語なんや!まったく分からんな👂
女:そら分からんでしょ(笑)
男:「〇〇〇」って挨拶して「△△△」って答えたんやろ?
女:いかにも。
男:この挨拶は、例えば朝、昼、晩でそれぞれ別の言葉があんのか?
女:いえ、時間による違いはなくて、いつもこの挨拶だけです。
男:ああ、挨拶はこれだけなんや。
女:簡単でしょ?
男:まぁこれだけならな。
女:じゃあ他の会話を。「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇?」
男:これはなんて言ってるん?
女:「YOUはなにしに椅子完樽星へ?」って質問してます。
男:テレ東か!まぁ質問にはなっとるけど。で、どう答えるんかな?
女:例えば「△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△」と答えます。
男:ちょっと長いな。なんて答えてんの?
女:「観光です」って答えました。
男:短いな!!ちょっと待って?椅子完樽語ではあんなに長かったのに、実はそんなに短い意味なん?
女:そんな会話もありますってば。
男:「観光」っていう意味の、短い単語が無いとか?
女:いや、「観光」って概念が無いのでそれを表そうとすると長くなるんですよ。
男:「観光」の概念が無いんや。キミの星の人は観光せんのか?
女:しまへんな。それに似てる行動としては「見学」ですかね。
男:「見学」…勉強すんのかい。大変やな。
女:だからあたしは最初、この地球に見学に来たんです。
男:そうなん?
女:日本の、しかも東京だけしか来てないですけど。
男:え…てっきり関西やと思ってたわ。
女:なんでですのん?それやったらあたし、今頃流暢に関西弁喋り倒してますがな(笑)
男:まさにその通りやないか👂
女:で、東京ではまず皇居とか靖国神社とか見学しました。
男:なんか誤魔化された感じがせんでもないけど…。ほんでなかなかシブいところを見学しとるな。
女:合い間に秋葉原でメイドカフェとかフィギアのお店とかも見学。
男:そんなとこも?
女:原宿の竹下通りでクレープ食べて可愛い服も買って…あの頃は若かったなぁ…。
男:それ、観光やん。見学ちゃうやん。
女:見学ですってば。ちゃんとレポート書いて提出しましたから。
男:レポート書かなあかんのかい。
女:はい。しかも日本語版と椅子完樽語版の両方でっせ?
男:マジか。
女:今度読みたい?
男:ある意味面白そうやけど、また今度な。それにしても…
女:なんでっか?
男:キミはもしかして………
女:女です。
男:そーじゃなくて。
女:なんですのん?
男:実は相当頭ええんとちゃうんか?
女:頭ええのんかどうかは分かりまへんが、帰国子女的なキャラです。
男:それをキャラとかゆーなや。
女:キャラとは見せるのが目的のものです。
男:ってことは、見せかけだけってことやんけ。
女:まぁ見せかけも大事ですけど。
男:まさかキミ…通訳できるってのも見せかけなんとちゃうやろな?
女:え?あのですね、マンさん。通訳できるのが見せかけやとすると、実はあたしは椅子完樽語も知らんくて会話もできひん、単に美人でキュートな地球人のモデルって事になりますけど。まぁそれでもええんですけどね。
男:ええことあるかい!キミが通訳もできんのやったら、椅子完樽にも行かれへんやん。
女:あ…ちょっと待ってください。スマホのアラームが…。
男:なんのアラームなん?
女:あー…大阪南港からたった今、宇宙戦艦トマトが出港した…ってゆーアラームです。
男:え……どーゆーこと?


女:あたしらが間に合わんかったっちゅー事ですかね?
男:おいおいおい。なんでなん?搭乗時間に間に合わんかったってことか?
女:………あたしが15年前に地球に来た時の時刻表の時間を見てたみたいです。もう時間が変わってたんですねぇ。
男:キミな…。なんで15年も前の時刻表を参考にするかな。
女:って事で、旅に関わる諸経費は折半して支払いましょうね。
男:キミが全額支払ったってゆーてたがな。
女:でも結局行けなかったから。あたしの分はええとして、半分…マンさんの分は返してほしいんですけど…。
男:キミな……
女:〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇💦
男:なんやて?
女:通訳すると「すんまへん」ですかね。
男:日本語で言えや!!あかん、もう疲れた。今日は撤収や。
女:南港まで行きます?
男:船もないのに行く意味ないやろが。
女:ちなみにこれも今知ったんですが、宇宙戦艦トマトは、椅子完樽星に着いてから3年間はリニューアル工事のため出港できひんそうです。
男:行かんで良かった(;゚Д゚)
女:じゃあ椅子完樽語のレッスンだけでもやっときましょうね。
男:断る!!じゃ、撤収すんぞ。またな(。・ω・)ノ゙
女:次回の会話まで白目むいて待ってます。ほなね~♪

終わり