2023年7月20日(木)日記1
「淀川河川敷の土と草と…」


こんばんは。RIOです。

今日のこちら関東某所のぼくが生息していると思わせている何もない某田舎の付近は、なんだかな~ってゆー天気でした。《それ、わざわざ言う必要ある?》
なんだかな~とか言い出すと、身の回りはなんだかな~と思えるような事だらけです。
例えばどんな事があるんかって?《いや、別に聞いてへんけど》
まぁ色々ですわ。《ハッキリ言わんのかーい》
今このやりとりに対して、なんだかな~って思ったでしょ?思ったやんね?絶対思ったやろ?思ったってゆーて!《やかましいな》
ま、普通は思わんやろね。《シバいたろか!!》
こんな小にくらしいキャラを演じるのもなかなか大変なんです。《演じてるってか》
演技で涙の粒をポロリと落とすのも大変ですけどね。《なんや、さも自分はできますみたいな言い方やな》
屁なら演技で自由自在に出してみせます。《それ演技やなくて本気やろ》

 

 

日記とは全く関係ない曲でした(笑)



とある思い出話…。

元々同じ小学校の1学年上の先輩が近所に住んでまして、他の友達(歳はバラバラ)と一緒によく遊んでおりました。
しかし先輩が住んでいたのは、近いけど隣の町で、中学校は校区が違うため、ぼくたちとは別の中学校に通っていました。

ぼくが中学2年生の時、その先輩がボロボロの50ccのオフロードタイプのバイク…YAMAHA MR50をどこからか手に入れました。

登録もされていないためナンバープレートも付いておらず、イグニッションキーもキックも壊れていて、エンジンの始動は押し掛けしかできまへん。
それでもガソリンさえ入れれば走るって事で、ぼくたちはそのバイクを押して(誰も免許持ってないし、そもそも公道も走れない)ガソリンスタンドで給油して、淀川の河川敷にあったオフロードバイクのコース…のすぐ外の、コースとは関係ない所で交代で乗り回していました。
ちなみに淀川の河川敷と言っても、そのコースがあったのは地元北区から見たら川の反対側だったので(茨木市か高槻市あたりやったかな?)、ずっとバイクを押しながらどこかの橋を渡ってその河川敷まで通ってました。もちろん帰りも同じようにして…。

オフロードのコースでは、ちゃんとプロテクターとヘルメットを装着したライダーたちが操るたくさんのちゃんとしたオフロードバイクがブンブンと軽快な音を出しながら走り回っていました。
ぼくたちは当然、普通の普段着の中坊です(笑)
プロテクターどころか、ヘルメットすら装着してまへん。
コースの外と言ってもちゃんとアップダウンのある土や草の生えた広い所で、一応誰の邪魔にもならずにのんびり走れました。
押し掛けでエンジンを始動させていますので、もしエンストしたらまた押し掛けでエンジン始動しなければならず、楽しいけど妙に緊張感もありました。

そんな事をしていたある日、先輩が何を血迷ったか、コース外とは言えわりとしっかりしたアップダウンのある場所を、えらいスピードで走り出しました。
(おいおい、危ないな…)と思っていたら案の定…先輩が操るバイクがダウンからアップへと昇り切り、そのままの勢いでスピードに乗ったバイクは結構な高さまでジャンプしてしまいました。
それでもうまく着地できればええんですけど、所詮オフロード素人の中坊。
バイクは変な角度で地面に着地し転倒。そのはずみで先輩はバイクのハンドルで胸を強く打ち、地面に転がったまましばらく動けず唸っていました。
周りのライダーたちがそれに気付いて駆け寄ってきましたが、先輩はそれが恥ずかしかったのか
「大丈夫です」
と言って無理して笑っていました。
でもものすごく我慢しているのはわかっていたので、ぼくたちはもう帰る事にしました。
ここからは記憶も曖昧で、先輩だけタクシーかなんかで帰ったような気もするし、一緒に歩いて帰ったような気もするし…どっちかようわかりまへん。
間違ってもタンデムで帰ってないと思います。《当たり前じゃ!》
あと、MR50がその後どうなったかも覚えておりまへん。

はっきり覚えてる事…それは…
先輩を病院に連れて行って、心配なぼくらはずっと外で待っていた事。
骨折とか大きなケガは無かった事。
そして…
淀川の河川敷の土と草の匂い。
ツーストエンジン特有の音と匂い。
これだけは今でも思い出します。

ちょっとした思い出話でした。


ほなね~♪