朝青龍が引退を発表しました。
朝青龍関:引退…暴行問題で 「今は晴れ晴れ」
(毎日jp)
横綱・朝青龍(29)=本名・ドルゴルスレン・ダグワドルジ、モンゴル出身、高砂部屋=が4日、現役引退することを表明した。朝青龍は「いろいろあったが、引退した。今は晴れ晴れしている」と語った。
朝青龍は大相撲初場所(東京・両国国技館)開催中の1月16日未明、東京都内で酒に酔って飲食店で働く知人男性とトラブルを起こしたとされる。

日本相撲協会の武蔵川理事長(元横綱・三重ノ海)は初場所後の1月25日に朝青龍と師匠の高砂親方(元大関・朝潮)を国技館に呼び、厳重注意した。しかし、朝青龍側の事情説明が不十分だったことがわかり、同28日の理事会で高砂親方に対し、事実関係を調査したうえで理事会に報告するよう要請。2月1日には友綱親方(元関脇・魁輝)を委員長とする調査委員会を設置し、独自に調査を進めていた。
朝青龍はモンゴル相撲の少年横綱となり、97年に高知・明徳義塾高に留学。高校総体3位となり、中退して大相撲入りした。99年初場所で初土俵を踏み、03年初場所後に所要25場所の最速記録でモンゴル出身で初の横綱に昇進した。05年九州場所では史上初の7連覇と年6場所制覇を達成した。幕内優勝は大鵬、千代の富士に次ぐ歴代3位の25回。
土俵外では、07年に夏巡業を休場してモンゴルに帰国してサッカーに興じ、2場所出場停止処分を受けるなど、騒動を繰り返した。 【大矢伸一】〔2010年2月4日〕
朝青龍関:引退…酒のトラブルが命取り (毎日jp)
大相撲史上初の7場所連続優勝に歴代3位の優勝25回。その栄光の陰で、土俵内外で数々の騒動を起こしてきた。4日、現役を引退した横綱、朝青龍関(29)の引き際もまた型破りだった。引退直前の今年初場所で優勝。その場所中に起こした酒に酔った末のトラブルが命取りとなり、土俵を去った。日本の国技・相撲の歴史に刻み込まれたモンゴル出身の異色横綱。引退会見では珍しく涙も見せた。
午後3時40分すぎから東京・両国国技館で行われた引退会見。約20分の会見中、努めて冷静に質問に答えていた朝青龍関が言葉を詰まらせたのが、「一番の思い出は」と質問された時だった。
「やはり、両親の前で横綱・武蔵丸関を倒したことを誇りに思う」と話すと、手で鼻を押さえた。01年夏場所初日、横綱戦初勝利を挙げた一番。感極まったのか、ハンカチで涙をぬぐいながら「横綱を倒し初めて三役に上がった。初めて両親を招待して、横綱というすごいものを倒した。今までで一番、というよりそれしかない」と一息にしゃべった。
その場面以外は普段通りの強気の「朝青龍節」だった。今の心境を聞かれると、「何も考えられない。大勢の方々を騒がせ、責任を感じてここに座っている」。引退を決断した理由を問われると、「横綱という責任を大きく感じて、皆さんに大変ご迷惑をかけたというおわびの気持ち。最後はけじめをつけるのは僕しかいない。そういう意味で引退ということを考えた」としっかりとした口調で答えた。
さらに、引退の直接の引き金となった横綱の品格についてただされると、「皆さんは品格、品格と言うが、土俵に上がれば鬼になるという気持ちがあったし、精いっぱい相撲を取らなくてはならないという気持ちもあった。今までにいない(タイプの)人なんで。迷惑をかけた」と持論を披露したうえで謝罪した。土俵で見せる自信はこの日も揺らぐことはなく、「25回も優勝したし、相撲に対する悔いは一切ない」と言い切った。
「まだまだ相撲ができる状況での引退では」との質問には「それも運命」と話し、11年に及ぶ土俵生活を振り返り、「水も言葉も違う国で、モンゴルの大草原の少年を横綱になるまで支えてくれた方々に感謝している」と述べた。
一方、騒動を引き起こしたここ数日間の日々については「正直、ちょっと休みたい。精神的なダメージも受けたから。(マスコミの)皆さんの力に圧倒されたこともあった」と皮肉交じりに語った。 【大矢伸一、芳賀竜也】 〔2010年2月5日〕
朝青龍関:引退…白鵬関「信じたくない」
(毎日jp)
横綱・白鵬関(24)は4日、東京都内の宮城野部屋で朝青龍関引退の感想を求められると、約1分間沈黙した後、「事実ですけど信じたくない」と声を絞り出し、あふれる涙で何度も目頭を押さえた。
モンゴル出身の先輩である朝青龍関について「目標にする力士の一人で自分を引っ張ってくれる横綱だった」と語った。
初場所千秋楽に続き、騒ぎが大きくなった先月30、31日にも他の力士の引退相撲で対戦したが、「何かいつもと違っていた」という。来場所からは一人横綱となる。「責任はさらに大きくなる。横綱(朝青龍)の分まで頑張っていかないといけない」と話した。 【村社拓信】
朝青龍関:引退…「涙が出ますよ」元床山・日向端さん
(毎日jp)
08年11月に引退するまで、約6年間にわたり朝青龍関の大いちょうを結った元特等床山・床寿の日向端隆寿(ひなはた・たかじゅ)さん(66)は「暴力騒動は良くないが、引退を表明したからにはあれこれ言っても仕方がない。長い間お疲れさまでしたと言いたい。涙が出ますよ」と声を詰まらせた。09年初場所で優勝パレードのオープンカーに同乗させてもらったといい、「モンゴルから来て相撲界の最高位まで上り詰めて優勝を重ねるだけのけいこをし、厚い義理人情を持った男だ」と語った。 【中島和哉】
【略歴】
朝青龍明徳(あさしょうりゅう・あきのり) 本名ドルゴルスレン・ダグワドルジ。
80年9月27日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。
父ドルゴルスレンさんはモンゴル相撲出身。
97年高知・明徳義塾高に留学し、98年インターハイは個人3位。
99年1月、同校を中退して若松(現高砂・元大関朝潮)部屋に入門し初場所初土俵。
01年初場所新入幕。02年名古屋場所後に大関に昇進。03年初場所で2場所連続優勝。
大関をわずか3場所で通過して第68代横綱に昇進。
25場所での横綱昇進は第64代横綱・曙を破るスピード出世だった。
幕内優勝回数は32回の大鵬、31回の千代の富士に次ぐ歴代3位の25回。
通算成績は669勝173敗76休、幕内成績は596勝153敗76休。
殊勲賞3回、敢闘賞3回。
- 相撲 2010年 02月号 [雑誌]/著者不明
- ¥860 Amazon.co.jp
25回目の優勝を成し遂げた直後の引退・・・
まだまだ余力はあるし、様々な技を繰り出す器用さがあった。
ただただ「もったいない・・・」と言うしか出来ません。