(「しるし」としての記憶)
当たり前に考えることだけどね
人間らしさ・自分らしさ
9月になって考えてみた
私が9月に思い出す音楽
文章の書き移しではなく自分の気持ちや考え調べた事を勝手に文章にし記載しています
確実ではありませんので、こんな考え方もあるのね的にお願いします。
人間の 「生・命・諦め・限界・寿命」
★ロボット・サイボーグと人間の違い
◎ロボット・サイボーグは確実で正確、しかし誤作動はある
◎人間は誤作動で間違えた考えや間違った行動をとる事がある、取り続ける事がある
機械と人間、感情がある感情がないかの違い、人間には命(魂)が存在する
その命(魂)は、頭(脳)・心(気持ちのハートと臓器/心の臓)・体(身体)で
頭・心・体の3つで頭脳の発信する電気信号により司どられ
そのバランスで感じたり考えたり行動がとれる
それが生命のエネルギーとして自分自身のバイオリズム波動の習慣
としてスイッチ、生きる状態になります。
感じたり、考えたり、行動したり、そのオリジナリティの幅で
自分が形成され個性が生じてくるのです。
主人公な私の人生劇場が開始され継続していくことなんです。
その私のシナリオは決められた法則、ルールの中で
自分ドラマが進んでいくのです。
決められた法則、ルールと言うのも私達が守られているものであり
考えようでは縛られています。
法によって、決められた法則・ルールの中で生かされています。
法と言うのも人為的なものであり作為的な事も多々あり
私達はその中で生かされています。
「守られている線路」もあれば、「分らない線路」を進んでいる事もある
気付くも気付くまいも、善かれ悪しかれも本人次第
責めることも助けることも難しいと考えてきている私
先は分からないんだけどね、早かれ遅かれの終着は視野に入ってきている
人間としての命(魂)が宿る身体がハンディなく動けるうちに
生活の許容範囲内で、悔いのない人生・人間くさい生き方したいと考えています。
仕事は誇りをもって遣り甲斐を感じて働き続けていきたい
と言うと終着の場として集う仲間、人生の先輩たち
先輩達のお世話をさせていただくことと
その先輩達の仮家族として共感共有して、お腹を抱えて笑い笑っていただき
負を追い払い楽しく終の棲家として暮らすお手伝いをする仕事を続けたい。
時には泣くことも・・・
と、悶々と
悶々と
悶々悶々
未だに Mr.Children にハマっている私ですけど
この曲を聴いて観てくれる人は何人居るのかなー?
この世界に潜む怒りや悲しみに
あと何度出会うだろう、それを許せるかなぁ?
明日もし晴れたら広い公園に行こうよ
そしてブラブラ歩こう 5分間だけでも・・・
なにも考えないで行こうよ
生活の許容範囲内で、悔いのない人生・人間くさい生き方の中で
波乗りを やり始めてから
40年近く 経っているものの
いつまでも
ひよっこの
私がいます。
サーフィングを
思い浮かべ
当たり前に
感動したり
見えなかった
コトが
見えたりして
いつも
海を想う気持ち
いつまでも
シンプルに
胸に湧いてきます。
そんな
プラスな考えと言えば・・・
・東西南北をいつでも
意識するようになった
・月の満ち欠けに
一喜一憂できる
・海の表情(顔)が
読み取れる
・海の声が聴けた
・波を裏側から見れた
・波の内側を見た
・波のトンネルを潜った
・一人でできる楽しみを
手に入れた
・一人では どうにもならない
コトを知った
・身体が丈夫になった
・自分の限界を知った
・日が昇る景色
・日が沈む景色
・カンカンな太陽
・雲の動き
・風の流れ
・潮の流れ
・自然を見つめること
・自然を愛する
ヤメレナイ心を持った
ヤメラレナイ感動を知り
ヤメタクナイ贅沢を趣味にしていた
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
少し秋を
感じとれるようになって
悶々と考えてる
人間らしさとは・・・
悠香でした!
悠香のエソラ












