痒い所に手が届く


年始そうそう色々なトラブル的な煙が上がるの

まだ出火はしていないので

小火を消火活動で消し止めている



思い出した言葉が

痒い所に手が届く

実際に携わった お仕事での行動

老年様や障害を持たれている方々

でも少し勘違いを持っていて



私的に考えを変えて

行動は必然に 手が届かない所に手を貸す

では無く

実際には 気持ち的な

思い遣りかなぁっと




自分の解釈では

心の中が痒い時



例えば どうしても背中が痒い

けど背中に手が届かない

私の手を使えば

痒い所に手が届く

気持ちが無くても貸す事が出来る

上辺だけでも 嫌でも

・・・・・・

気持ち的な思い遣りから

心の中が痒いは

実際にはワカラナイ所

相手の気持ちになって

まずは相手を理解してからの

どこが痒いの?

どこが困っているの?

どこで困っているの?

私に出来る事は?

話しを聞くよ

話しはするよ

アナタが痒い所

アナタが困っている所

アナタが出来ない所

私がするよ

もし出来なっかても

話しは聞くよ

話しはするよ

っと

突然に思い出してからの

文章で途切れ途切れなのですが

自分が今 沸き上がった言葉で

持っている考えでね

詩や文句では無いのですが・・・


詩で5~6年前に

風と星とメビウスの輪

で 

時流の速さ 命の重さ

確かめるように

人の弱さ 心の脆さ

かばいあうように

また一歩ずつ

・・・・・・

愛されて 優しくなれて

その優しさ故に愛されて

君と私が

そんなメビウスの輪を

笑いながら

寄り添って歩けたら


っと

愛されて→優しくなれて
  ↕      ↕
優しくて→愛されて

優しくて⇔愛されて

愛されて⇔優しくなれて

永遠だよ っと

無限だよ

キーボードで無限を変換すると→∞

∞ = メビウスの輪

即ち

心の中の痒い所は

思い遣りは

メビウスの輪

永遠だよ

無限だよ

っと仕事を行っていた

私が居た事

考えていた事

を思い出した

痒い所に手が届く

思い遣り

そう いつも思っていた






回想に 有難う

感謝

。。。