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Cube Now!

Cube&Companyの日々の社内活動を、少しずつご紹介したいと思います。

弊社内では、よく『定点では無く、俯瞰して、考えなさい』
という指摘がされます。
ある一点だけではなく、『全体を見て考えよ』と言う事です。


実際、定点で考えた結果、
行動はしたけど、思いの外、目的の達成に繋がらずがっかりしたり、、
行動した後で、もっと良い施策が浮かんだりした経験は、ないでしょうか?
俯瞰して考えないと、このようなことが起こる可能性があります。


では、この俯瞰は、どのようにしたら行えるのでしょうか?


色々あると思いますが、
1つとしては、前回お話させて頂いた
成果を出せる可能性をあげる為に、
自分の取ろうとしている行動について
『なぜ?』『それが何につながるの?』という
問いを繰り返し、行動に対する因果関係を
明確にすることが重要であるという話と
繋がってくると思います。


ここでいう因果関係を明確にし、絵にすることで、
隣り合う要素が生まれ、『俯瞰図』が出来てきます。


『俯瞰図』があることで、
全体での位置付けが分かり、
見えていなかった事が明確になり、
目的を達成する為の様々な施策が見えてくると思います。


また、俯瞰出来ているからこそ、
施策に関して、『濃淡』をつけることも出来るようになります。


俯瞰という視点においても、
『因果関係を明確にし、仮説を立てる』
ということが非常に重要だということが、分かると思います。

仕事において、目標を達成し、喜んでいる状況を浮かべて下さい。


次回、同じような仕事があったら、同様に成果を
出す自信ありますでしょうか?
もちろん同じような仕事でも、背景、状況等によって
異なるとは思いますが、そこを考慮しないとして、
同様の成果を出す自信ありますでしょうか?


不安になった方、少なくはないと思います。


成果が出た時のことを思い返してみて下さい。

目標を達成する為には、その各々の過程で
良い結果を出すべく行動していると思います。
その行動には、目標を達成する為の
『明確な仮説』はありましたでしょうか。


『明確な仮説』が、あったかどうかがポイントなのです。


仮説がなく、場当たり的に行動し、良い結果が出たとしても、
状況がたまたま良かったから結果が出た等
自分の頭で考えたのではなく(自分の力ではなく)
単なるラッキーパンチで得た結果なのです。


自己成長視点で考えると他の仕事になった時に
ラッキーパンチが起こるとは限らないので、
無意味になります。


しかし、反対に
明確な仮説があれば、
他の仕事でも考え方は流用できる為、
成果を出せる可能性が上がると思います。


また、仮説と結果のギャップが明確になり、
仮説精度が上がって、さらに
成果を出せる可能性が上がると思います。

では、『明確な仮説』を持つためには、どうするべきでしょうか?


これは、地道な方法ですが、
自分が取ろうとしている行動に対して
『なぜ?』『それが何につながるの?』
という問いを繰り返し、行動に対する
因果関係を明確にすることだと思います。


慣れない内は、まだ仮説の精度が低いとは思いますが、
自分なりの仮説を持つということが
自己成長スパイラルのスタートだと考えます。


時間をかけて、うんうん、うなっていたのに、
アウトプットが出せないという、経験はありませんか?
 
では、『考える』と『悩む』の違いは何なのでしょうか。


辞書で調べると(出典:デジタル大辞泉)
①考える:知識や経験等に基づき、筋道を立てて、
     頭を働かせ解決策を出す状態。
 
②悩む:決めかねたり、解決の方法が見いだせなかったりして、
    心を痛める。同じところを堂々めぐって、進歩がない状態。


辞書の内容からも分かるように、この2つの明確な違いは、
アウトプットを出すにあたり『筋道があるかないか』だと思います。


『考える』行動を行っていれば、終着点に至らずとも、
自分なりの仮説ベースの筋道があるので、
他人と筋道についての議論ができ、
他人からのインプット情報により筋道が改善され、
アウトプットの質を上げることができます。
堂々めぐってるだけの『悩む』では、これができません。


だとすると、『悩む』状態で、
時間が経過し続けることは、一番の無駄だと思います。
しかし、『考える』ではなく『悩んでいる』状態になっていることに
気付けないこともあると思います。


そのような時は、どうしたらよいのでしょうか。


色々な方法があると思いますが、
私が実施している方法は、『制限時間を設ける』というやり方です。


15分間考えても筋道があるアウトプットが何も出てこない場合は、
これ以上自分一人で考えても、自分の中に答えは無く

『悩んでいるのだ』と、定義し、すぐに誰かに

相談するようルール化させました。


これで、『悩む状態』での、無駄な時間を
大幅に無くすことができました。


(※ルール化については、たくさん失敗してきました。
  また、別の機会にお話させて頂きます。)

仕事において、『できた! 自分凄い!』って、思うことは、ありませんか。


つい最近、私も、ありました。

先日、あるプレゼンテーションを行いました。
顧客に満足頂き、自分の中でも完璧で、まさに
『できた! 自分凄い!』と思っていました。


そう思うことは、決して悪いことではありません。
しかし、この思いには、落とし穴があります。


それは、ちょっと結果が出たことによって、
調子づいて、安心してしまうといった
状態を生み出すことです。


その安心から、『プレゼンテーションは大丈夫』
といった気持ちがあったのだと思います。
実際、同じようなプレゼンテーションを
別の日に行った際には、あまり良い出来ではありませんでした。


失敗をして気付きましたが、
気付けるまでは、ずっと調子づいた状態で過ごしてしまっていました。


どうしたら、早く気付けるのでしょうか?


それは、ちょっと結果が出た時こそ、
冷静に広い視点で自分を見てみることだと思います。
例えば、上司や先輩等、自分より能力の高い人と自分を比べてみて下さい。
まだまだ、伸びる余地はあるのではないのでしょうか。


『出来たから、大丈夫』と安心して終わってしまうと、
伸びる余地を見逃してしまうため、
成長のチャンスを逃してしまう可能性があります。


ちなみに弊社では、

調子づいて、安心してしまう状態になりそうになったら、
『勝って兜の緒を締めよ』とアドバイスされます。


皆、兜の緒を締めるが如く、自己評価の基準を上げています。

コミュニケーションの中でよく耳にする『分かりました』という言葉ですが、
実は、本当に分かっている人は、少ないのではないかと感じます。


弊社オフィス内では、
『分かりました』と言った人に対してその表情や反応等を見て、
『本当に分かっているの? 理解した内容を説明してほしい。』
という、つっこみが入ります。


だいたい結果は、
『話を理解できていなかった』ことが多いです。


説明の特徴としては、下記に当てはまることが多いです。


・全く話せない
・話すことはできるけど、相手が言った文章をそのままを復唱しているだけ
・話すことはできるけど、あやふやな理解をごまかす為か、
抽象的な言葉で話をする等


なぜ、人は『分かりました』と言ってしまうのでしょうか?


①『分かりました』と言って、

コミュニケーションを(その場を)終わらせようと逃げてしまうパターン
  ※無意識含む


これは、注意されている際の『分かりました』に多いです。
スタンスを変えないと成長しないでしょう。


②相手の言葉を音としてだけ聞き、聞いた瞬間、特に何もひっかからなかったので、
  分かったと思い込んでいるパターン

※本質的な理解まで辿り着いていない


では、どうしたら、分かったと思い込むことを防ぐことができるのでしょうか。


例えば、


・自分の言葉で話してみる
・絵に描いてみる
・例を言ってみる


等を能動的に行うと『分かっていないこと』に
自分で気付けるのではないでしょうか。


他人とのコミュニケーションで
『ずれない』ようにすることは非常に難しいです。
まずは、『ずれになるべく早く気付けるようにする』
ことから実施してみるのは如何でしょうか。