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セカンドライフ「生涯現役」ポジティブ・ウォーク

セカンドライフは第二の青春。セカンドライフを「暮らす」「学ぶ」「働く」「訪れる」4つの視点を持ってポジティブに歩くことで自らを励ましつつ読者の皆さん交流していきたいと思います。

 

 

 皆さん、こんにちは!

 前回のブログから少し時間が経ってしまいましたが、少し言い訳をさせてもらうとサボっていた

わけではなく、あれこれ結構多忙な毎日の中、なかなかブログを書く時間を見つけられないので

あります。これも、定年後の時間の使い方がまだ定まっていないという証拠かもしれませんね。

 

 さて先回のブログでは、授業の途中で退席者が3人も現れて、内心慌てふためいたことを書き

ましたが、実は3人の退席からしばらくして、また一人から手が上がりました。

 “えーーっ?!”とまたギョッとしましたが、「トイレ行っていいですか?」との声に内心ひと安心。

“どうぞどうぞ、行ってらっしゃい‥”と、思わず手を合わせて送り出したくなりました。(笑)

 

 話がかなり横にそれましたので、話を元のオリエンテーションに戻したいと思います。

 私がこのオリエンテーションで学生に伝えたかったことは、次の4つです。

   ①コミュニケーションとチームワークの大切さ  ②自分の座標軸を持つこと  

   ③3つの目を養うこと  ④目的(目標)を持った生き方をすること

 

 こうしたちょっと真面目で堅苦しそうな話を学生たちがどこまで真剣に聞いてくれるか? 

すこし不安でしたが、気にせず話すことにしました。

 ①のコミュニケーションとチームワークの大切は、私が現役時代に常に感じていたことです。

 会社の組織でも家庭でも、コミュニケーションが上下にも左右にもスムーズに図れていれば、

大きな問題が生じることはありません。問題は必ずコミュニケーションが滞っているところから

生じてきます。

 会社で言えば、自分に取って都合の悪い情報(Bad news)は出来れば他の人や上司には伝

えたくないものです。しかし、Bad newsを伝えなかったことにより、お客様にご迷惑を掛けること

に発展していくことがあります。

 家庭でも、夫婦喧嘩の発端は大体はコミュニケーションの不足から始まります。

 「そんなこと、オレ聞いてないよ」 「私だって、あなたのそんな話聞いてなかったわ!」

振り返ってみれば、こんな会話から夫婦喧嘩は始まったたなぁ‥と、あれこれ思い出してしま

います。(笑)

 自分の損得はさておき、勇気を持って一言言っていれば、また相手の立場になって一言話し

ていれば、何の問題もなかったことが、それが出来なかったばかりに、大きな問題に発展して

いってしまいます。 今また、有名企業の大きな不祥事が連日報道されていますが、これも

コミュニケーションの不足から生じてきたものだと言っても過言ではないと思います。

 

 「皆さんは、大学卒業という最高の学歴を持って社会に出ますが、社会に出て本当に役立つ

のは“学歴や偏差値の高さ”ではなく、“心の学歴の高さ、心の偏差値の高さ”です。“心の学歴”

“心の偏差値”とは、相手の立場に立ってものごとを考えられること、相手の悩みや心の痛みが

分かってあげられること、自分のことよりも他の人に気配りができること、当たり前のことが当た

り前にできること、いつも感謝の気持ちを忘れないこと‥。そんなことが出来る素直な心を持つ

ことです」

 

 学生たちは、“このオヤジ、何言い始めたんかいな?”みたいな表情をしながら、何となく神妙

に聞いています。

 

 「私がいた会社にも“学歴の高い人” “偏差値の高い”は、掃いて捨てるほどいました。しかし

“心の学歴” “心の偏差値”が高い人は、決して多くありませんでした」

 

 「仕事は決して一人では出来ません。いろんな人の力を借りなくてはなりません。そうだとする

と、皆さんはどんな人なら手伝ってあげようと思うでしょうか?力を貸してあげようと思うでしょう

か?何をやってあげても、“ありがとう”の一言もない人に力を貸しますか? 自分が困った時に

助けてくれない人に力を貸しますか? 何かをやってあげたらすぐに、“ありがとうございました。

本当に助かりました。もし困ったことや、何かお役に立てることがあればいつでも言ってください。

お手伝いします!” こんな言葉を返してくれる人がいれば、何度でも力を貸したくなりますよね」

 

 「相手の立場に立って発するコミュニケーション、感謝の気持ちで発するコミュニケーションは、

人間関係をスムーズにし、その人の信用を高めていきます。そうなると、周りの人たちが喜んで

力を貸してくれるようになり、次第に仕事が面白くなってきます。しかしそれは、一朝一夕にでき

るものではありません。学生時代の今からそうしたコミュニケ―ション力を養っていくこと、当たり

前のことが当たり前にできるように日々自分を高めていくこと、そんな努力を毎日積み重ねてい

きましょう。

ということで、来週からは授業の初めと終わりにあいさつをしますよ。

初めの時は、“起立、礼、お願いします” 終わる時は、“起立、礼、ありがとうございました” 

号令をかける人は私から指名しますから、よろしくお願いしますね。当たり前のことが当たり前

にできること、こんなあいさつもその一つだと思います」

 

 学生たちは、何となくキョトン?! としています。 来年1月までの15回の授業を通して、この

“キョトン?! ”を“なるほど!!”に変えていくのも自分の役割の一つかなぁ‥などと思いつつ、授業

を続けて行ったのです。

 この続きは、また近日中(いつとはお約束できませんが…(笑))にブログさせていただきます。

                                              \(^0^)/

 この週末、大型の台風21号が日本を直撃しそうな勢いですが、呉々も大きな被害に至らぬ

ことを心から祈っております!                             

 

 

 

 

 

  教壇に立って改めて目の前の学生の数を数えてみると28名。男子が8名・女子が20名と女子が圧倒的です。

  出身地を聞いてみると、熊本出身が1名で、後は全員東京・神奈川・千葉の首都圏出身という構成でした。
 
   私が準備したPPTの目次は、次の3つ。          
    1.自己紹介     2.講義の進め方
    3.学生の皆さんに期待すること
 
   1.の自己紹介では、私が生まれた昭和30年代が学生たちに取ってははるか昔であろうと思い、当時のTV・冷蔵庫・洗濯機のデザインを写真で見せたり、自宅の電気製品がどの会社のものなのかを聞いてみたりして、まだ緊張感が残る教室の雰囲気をほぐそうと試みました。そうすると、さすがに関東は東芝製品を持っている家庭が多いことが分ったりしました。
  笑いが起こることは無かったのですが、空気が幾分和らいだ気がして気分良く話を進めていきました。
 
  次第に調子が上がってきて、声もリズムに乗ってきた頃、学生の1人が手を上げました。「どうしたの‥?」と聞くと、「授業を間違えちゃいました‥、教室出て行っていいですか?」との返答。
  「あっ、そう‥、仕方ないね‥、じゃあ退席して‥」
  そうすると、また2人から手が上がって「私も間違えました‥」「私もです‥」「‥‥????(;^ω^)」
  こうなると、心中は穏やかではありません。
 〝今日はオリエンなので、まだ学生たちも良く分かってないんだ‥〟と自らを慰める自分と、〝授業が面白くないんで愛想尽かして出て行ったんだ‥〟と自らを責める自分が交互に出てきて、心中は大海に揉まれる藻屑のようです。
 
  しかしここで狼狽えていては授業になりません。心中を学生たちに悟られまいと、悠然とこの事態を受け流すような顔をして学生たちにこう尋ねました。「他に間違えた人はいないかな? 今週は、履修科目登録の最終週だから科目を間違えちゃダメだよ。もういないね、じゃあ授業を再開しよう❗️」
 
 ということで、何とか授業の再スタートにこぎつけました。この後、どんな話を展開したのか、次回の
ブログでお話したいと思います。                           \(^0^)/
                                               コモちゃん
 
 

 

 

  今日は、定年後初めて「働く」というテーマでブログしたいと思います。

 
   先週は、予てから一度は経験してみたかった大学の教壇に立つことになりました。
  会社の中で、若手社員を相手にしての講義や研修は幾度となく経験してきましたが、自分の子どもたちよりも若い学生を相手にしての講義は、これまで二・三度しか経験したことがありません。
  教壇に立った大学は、東京都下にある某私立大学。担当したのは、小規模な店舗経営に関する科目です。
  まず当日は、秋季学期のオリエンテーションということで、既に受講を決めている学生が半分、オリエンを見て決めようとしている学生が半分という感じでした。
 
  50名程度の受講を予測していたのですが、出席している学生の数は30名弱。100名は楽に入る教室だけに何とも寂しく感じてしまいました。
 
  しかし、気を取り直して授業の準備。
 最初はどんな切り出し方をしようか❓
緊張感を解くジョークを言ってスベっても嫌だな‥‥❓等々、 ある種の緊張と高揚感の中でオリエンがスタートしました。
 
  用意したパワーポイント(以下PPT)は約50枚。9月に入ってからかなり気合を入れて作っだPPTだけど、どこまで学生に響くかな❓ 90分で時間が余らんかな❓ 逆に足らんかったらどうするかな❓‥等々、
初めて故に勝手が分からず、スタートしても不安は尽きません。
  後は時計と相談しながら、また学生たちの反応を見ながら進めるしかありません。
 
  どんな講義を進めていったのか❓ 続きはまた近日中にブログしたいと思います。
  
  
  定年退職の日から約一ヶ月半。
  変わったものはいろいろあれど、自分の中で一番変わったなぁ、と実感するものは
体重です。
  現役の時の体重は、一番重たかった時で72kg。ここ10年ほどは64-65kgで推移し、よく会う人毎に「コモちゃん、最近痩せたんじゃない?」と言われて、病院で精密検査を受けたこともありました。(結果は異常なしでしたが‥)

   現役時代の生活は飲んで帰ることも多く、飲まずに帰宅した時でも夜10時-11時に夕食を摂ってはすぐに寝るという不節制の繰り返しで、典型的な太るパターンに陥っていました。

  しかし結果的には太らなかったために、〝オレは絶対に太らない❗️”という鉄板の思い込みが生まれてしまっていました。

  しかしこの1ヵ月半で、体重計は68-69kg台を示し、時に70kg突破寸前にまで迫っています。
  ベルトの穴位置が明らかに左に2つ移動(上から見て)し、ちょうど良かったウェストがパンパンに張っています。
  現役時代、ウェストが余って捨てようかと思っていたスーツが、何と今ちょうど良くなっています。(捨てなくて良かった‥笑)

  何が変わったんだろう❓太らぬはずのわが身の変身‥⁉️  その原因を探っていくと
たくさんの要因が見つかりました。
  まずは、生活習慣の変化。これまで睡眠時間は5時間足らずで、朝食はせいぜい味噌汁一杯という生活から、睡眠時間は6-7時間、朝食は時間を気にせず、しっかり食べています。
  また、毎日の歩行数も1万歩から半減し、運動不足になっています。

  このままでは、体重の増加→足腰への負担→体調不良に繋がり「生涯現役 臨終定年」に黄信号❗️が灯るといったことになりかねません。

  これじゃあマズイ❗️ということで、3日前から朝晩時間を作って1万歩を歩き、食事は腹八分目にして間食は摂らないなど
少しづつ軌道修正に努めています。
  
  これからの生活上の目標は、①早寝早起き(就寝23時・起床5時) ②規則正しい食事
(朝食7時半・夕食19時) ③適度な運動(歩行1万歩・ストレッチ・スクワット・腹筋)を日々やって行こうと思います。
   「継続は力なり❗️」
  数ヶ月後、その結果がどうなったのか‥またブログさせてもらいますね。o(^_^)o

   

 

 8月29日、群馬県東部にあって醤油醸造業を営む老舗企業を訪ねて来ました。

  この企業は、創業200年を超える歴史を持ち近江商人が興した会社です。
 
  わが家(東京都)から、JRと東武鉄道などを乗り継いで約3時間。内心“群馬って遠いなぁ‥”と感じつつも、実に忙しい中貴重な時間を割いて下さった先方社長さんの立場を思えば、そんなこと言っちゃいけない!と自らを戒めながら向かいました。
 
  最寄りの駅に着いてまず向かったのは、今回のセッティングをお願いした知人宅です。知人は洋装店を営んでおり、老舗企業の道向かいにあります。知人へのご挨拶を済ませ、知人と共に老舗企業を訪ねました。
 
  迎えて下さった方は、創業以来八代目に当たる社長さんです。
  案内されたのは、売り場の奥深くにある応接間。二百数十年の歴史と伝統を刻んだその空間には、人の心を落ち着かせ乾いた心を癒すような不思議な魅力がありました。
   広い座敷の真ん中に据えられた風格ある机を挟んで社長さんへのインタビューがスタートしました。
 
   まず自己紹介として私の家が近江商人の家系であり、私で十三代目に当たるといったことを申し上げると、何だか急に先方社長さんの表情が緩み、社長さんとの距離が随分と縮まったような気がして、それから以降は話が極めてスムーズに運ぶようになりました。
 
   近江商人と言えばよく「三方よし」(売ってよし  買ってよし  世間よし)という理念で語られますが、この老舗企業にもその理念を如実に示す歴史がありました。
  それは遡ること120余年前、明治28年のことでした。
  この町で、町を焼き尽くすような大火が発生したそうです。役所を焼き、学校を焼き、火の勢いは増すばかり。その時、この老舗企業が取った行動はどうだったのでしょうか?
   それは、火から醸造蔵と店を守るために閉めたのではなく、火を消すために蔵にある醸造醤油75石分(一升瓶にして7,500本分)を惜しげもなく大火に振り撒き、町の半分を大火から守ったというのです。
 
   自分たちの会社を守るためであれば、蔵や店を閉める選択肢もあったでしょう。しかし近江商人の理念は「三方よし」。自分だけ(売ってよし)ではなく、相手も(買ってよし)社会も(世間よし)良くなくては満足しなかったのです。
   ここに近江商人の真髄があり、その理念を大火というこれ以上ない土壇場にあってなお貫き通したところに近江商人の魂を見、その叫びを感じずにはいられません。              
   故に近江商人が時代を超え、世紀を超え、今に営々と発展してきたのではないかと確信した次第です。
 
   止まることのない勢いで話された前回の社長さんとは全くタイプの違う物腰柔らかな社長さんでしたが、一つひとつの言葉の中に老舗企業を背負う静かな情熱を感じると共に、遠く将来を見通すような眼差しに事業の永続性を担保するかのような力強さを感じ取ることが出来ました。
  
  帰り際、当店売れ筋のお醤油を何種類も買い込み家内への土産にしたところ、予想以上に喜んで
くれたので一日の労がすっかり報われたような気分になりました。 \(^0^)/