さて・・・
内子の街もボランティア・ガイドさんに案内していただきます・・・が!
今日は月見の宴のあとで、研修とやらで閉まってるお店も多いとのことで、
日本一の涅槃像があるというお寺から観光が始まりました・・・
う~ん、日本一…なのかもしれませんが、なんとなく大きさは微妙に感じました・・・
で、仏様の足の裏は偏平足だそうで・・・ この模様は何なのかは不明!
【八日市護国の街並み】
約600mの通りに約120棟の家々が連続して建ち並び、このうち約90棟が伝統的な民家だそうです
ガイドさん曰く「お花は月見の宴の名残です」だそうで・・・

内子の木蝋(もくろう)生産は江戸時代にはじまるようです
内子最大の蝋商は本芳我家
明治期には「旭鶴」という商標を使ってパリ万博で表彰をうけたそう・・・
【本芳我家】
豪商・本芳我家には随所に漆喰を使った鏝絵(こてえ)の懸魚(げぎょ)や鬼瓦などの意匠が見られます
鏝絵(こてえ)とは、日本で発展した漆喰を用いて作られるレリーフのことで、
左官職人がこてで仕上げていくことから名がついたそうです
これは財を成した豪商や網元が母屋や土蔵を改築する際、富の象徴として外壁の装飾に
盛んに用いられたみたい
懸魚(げぎょ)は 棟木または、桁の端を風雨から守るために取付ける装飾的な繰形などが
ある板のことで 本芳我の懸魚は、漆喰を使った鏝絵(こてえ)となっています
そしてネ、この本芳我家の分家は13にもおよぶそうです
その中でやはり豪商であった上芳我家
現在は【木蝋資料館 上芳我邸】として公開されています

昨夜訪れた内子座!
内子座は、大正5年(1916)大正天皇即位を祝い、創建された木造2階建て瓦葺き入母屋造り
現在の建物は昭和60年代に復元されたもの
屋根の上の太鼓やぐら・・・
昭和60年当時まではここに上がって太鼓を叩いてお芝居があることを知らせていたそうです
舞台には8.2メートルもある回り舞台があり、舞台中央を円形にくり抜き回転させることができます
今はモーターですが、当時はもちろん手動でした
収容人員は約650名
内子座の中はとても広く天井も高くて豪華!
天井に飾ってある照明は、初めて内子に電気が通った大正元年当時のものを使っているとか…
2階客席後ろの窓ガラスは大正時代のままの古いガラスもあるそうです
横壁一面にある古い看板は当時の株主さんのお店の看板
さあ、奈落の見学です!
奈落には、舞台のいろいろな仕掛けがあります
舞台中央にある「回り舞台」の木組みや、今でも男性6人が手動で上げ下げする「せり上がり」の
木組みなどがあります

すっぽんと書かれているこの仕掛けは・・・
もちろん「せり上がり」なのですが、これは花道に据えられていて、主役じゃない人が
せり上がって出てくるところだそう・・・ へえ~

内子座、楽しませていただきました~

以前、内子に来た時と趣が違って感じられたのでガイドさんに尋ねてみました
何軒ものお宅がリノベーションされたとか!
かなりの金額がかかったそうです
私・・・「ビフォー・アフター」を見ることができたわけです・・・
ランチは築140年という豪商のお屋敷をお食事処にした【下芳我亭】で・・・
「野遊び弁当」というこのメニュー、これにお蕎麦がつくのですが、お写真撮り忘れ~!
お蕎麦が自慢です!…と言われたここのオネエサンがおっしゃるとおり、美味しゅうございました~
最後に、お土産の○○タルトを大人買いしたりしなかったり・・・
バスで今日のお宿・松山にむかいます!
内子の月見の宴はこんな様子だったのですね~ …お借りします…





















