シナリオライターのおちゃ「目」な日記 -86ページ目

シナリオライターのおちゃ「目」な日記

シナリオライターは常に人の行動に目を配るべし!思わぬキャラクターに出くわすよ!感動したら首を振るペコちゃんK妖怪。必要ないのにセリフを関西弁に変えてる、大阪すっきやねん妖怪。勝手な演技をする割に決まったセリフが覚えられない礼儀作法教官妖怪。

大人塾 坂本龍馬を知って見えてきた武士道



新渡戸稲造は、今の岩手県に当たる南部藩の藩士の三男として生れました。


坂本龍馬が暗殺される5年前1862年のことです。


1933年(昭和8年)に生涯を閉じました。


なんか凄いなと思ったのは、龍馬が生きてるときに生れた人が、


自分の親が生れた後も生きていたということ。


そして、「武士道」を初版発行したのが1900年で


これは自分の祖父が生れた年です。


クラーク博士で有名な札幌農学校を卒業後


農政学の教育者として活躍されました。


後に国際連盟の代表者になっています。


カリフォルニアで静養中に質問されました。


日本では学校で宗教教育をしないのに


どうやって道徳を教えているのかという問いでした。


その質問にすぐに答えられなかった新渡戸稲造は、


考えた挙句に武士道に思い当たりました。



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大人塾 日本史 坂本龍馬を知って見えてきた武士道



坂本龍馬の師匠である勝海舟は、


血を見ない勝利が最善の勝利であるという考えでした。


そこから生れたのが大政奉還であり、江戸城無血開城です。


武人の究極の理想は平和であるということ。


そのことが書いてあるのが新渡戸稲造の「武士道」です。


刀は武士の魂であるからやたらと斬りあわなかったようです。


また品性を築くために勉強したけれども、算術はしなかったよう。


価値を数字にすることは大事なことだけれど


それは身分の低い者がするものとされていたようです。


侍でありながら商売をしていた坂本家に育った龍馬だから


出来た功績の話は次のブログで。


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大人塾 日本史 坂本龍馬と武士道



坂本龍馬を取り上げて学んでいるうちに、


その功績の凄さは当時の武士の基本となる思想を理解しておかないと


見えてこないものがあると知りました。


それは武士道です。


商いと言う物は卑しいもので


武士がすることではないと言うのが常識だった時代に


郷士という土佐の特別な身分体系により


侍でありながら商いをしていた坂本家に生まれ育った環境が


坂本龍馬という維新に必要な人材を生み出したと言えるでしょう。


武士道を学んで幕末の時代背景を深く理解したいと思います。


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