シナリオライターのおちゃ「目」な日記 -81ページ目

シナリオライターのおちゃ「目」な日記

シナリオライターは常に人の行動に目を配るべし!思わぬキャラクターに出くわすよ!感動したら首を振るペコちゃんK妖怪。必要ないのにセリフを関西弁に変えてる、大阪すっきやねん妖怪。勝手な演技をする割に決まったセリフが覚えられない礼儀作法教官妖怪。

大人塾 日本史



織田信長が若かりし頃、苦しい状況の中で


今川義元軍に対し果敢に攻撃し


総大将義元の首を取ったことで、


天下の情勢を大きく変える事となった戦が


桶狭間の戦いです。


このとき豪雨で敵に気付かれずに


近づけたことが勝因といわれています。


問題です。


織田信長はこの戦いの第一功労者としたのは


どんなことをした人でしょうか?



大人塾 日本史



石田三成が、盟友の大谷形部に言われたことは、


君には人徳がないから、三成の名前を出さずに


味方を募ったほうが良いと言うう事でした。


朝鮮出兵の時の現場で苦しんでいる武将の働きを


あまりにも正確に太閤殿下(豊臣秀吉)に報告をした事などが原因で


武将たちから嫌われていたためです。


ただし、地元近江の国の人からは良い殿様と慕われていました。


自分の足りない部分を指摘された三成は、


徳川家康を討つ為に各武将たちには


毛利輝元などの名前で手紙を出し


石田三成自身の名前は出しませんでした。


逆に徳川家康は、関ヶ原の合戦に際して


敵の総大将を石田三成に仕立て上げ


多くの味方を付けて、勝利を収めました。


根回し上手、戦上手で人間通の家康でした。


関ヶ原の合戦当日は朝から霧模様でした。


歴史に残る戦いは天候が影響します。


問題です。


少し時代を遡り、織田信長のデビュー戦といわれる


桶狭間の戦いの日の天候はどんな天候だったでしょうか?



大人塾 日本史



石田三成が始めてあった豊臣秀吉に出したお茶は、


ぬるいたっぷりのお茶でした。


そして2杯目には少し熱いお茶。


3杯目はとても熱いお茶を少し出しました。


これはのどが乾いている人の心理をついたもので、


この心配りをいたく気に入り、


秀吉は三成を召抱え死ぬまで大事な仕事を任せたようです。


その反面彼に欠けているものがありました。


関ヶ原の合戦を相談した親友の大谷形部に指摘されたこと


君には何が無いと言われたのでしょう?