シナリオライターのおちゃ「目」な日記 -64ページ目

シナリオライターのおちゃ「目」な日記

シナリオライターは常に人の行動に目を配るべし!思わぬキャラクターに出くわすよ!感動したら首を振るペコちゃんK妖怪。必要ないのにセリフを関西弁に変えてる、大阪すっきやねん妖怪。勝手な演技をする割に決まったセリフが覚えられない礼儀作法教官妖怪。

谷口隆之助先生



存在としてのわたしは、極めて単純に


端的にそこにあるという


そういう事実としてここにある。


何か一生懸命勉強したり


本を読んだりしないと、存在としての


わたしが発見できないものではない。


ここにこうやって生きているわたしとして、


存在のわたしは端的にあるわけです。


事実としての自分に存在に直面しないで


自分をなんとか価値づけ


意味づけようと懸命になっている。


そうしないと生きられないと思ったり


そうしないと生きられないのが人間だと


当然の考え方として受け入れてしまっている。


生き甲斐がないと生きられないのは錯覚。


意味とか価値とかの観念を持ち


この観念から生を生きようとするのは


逆の発想。


意味や価値から生が始まるのではない。


生から意味や価値、観念は形成されるが、


生は生自体からしか始まらない。


悩みや苦しみを経験したとき


様々な価値や意味づけを試みて


絶望し行き詰ります。


観念が先行するから行き詰る。


それは端的な事実としてのわたしから


目をそむけ、引き受けようとしないから。


もっと端的に事実としての自分の存在から


自分の生を出発させることをしないと、


人間は本来の生を生きることができなくなる


性質のもだということです。





大人塾日本史


10月の大人塾日本史講座は


豊臣政権から徳川政権初期


を取り上げます。


先ずは豊臣政権の五大老五奉行。


秀吉は自分が死んだあと


家康が一人実権を握らず


秀頼を中心に豊臣政権が続くことを


願って作られた政治体制。


残念ながら秀吉死後は家康の独自行動で


有名無実となりました。


五大老は徳川家康、前田利家、毛利輝元


宇喜多秀家、小早川隆景、上杉景勝。


五奉行は司法・浅野長政、行政・石田三成


土木・増田長政、財政・長束正家、


宗教・前田玄以が担当していました。

谷口隆之助先生



存在の次元と言うのは、


身体が病み衰弱しそれでもなお


生きている限りそこにあるわたし。


社会的次元の役割を離れ


地位とか名誉がすべてなくなり


財産がなくなってもそこにあるわたし。


存在の次元としてはっきり洞察し


自分自身で引き受けて生きるわたし。


自分自身しか引き受けられない


存在としてのわたし。


社会的文化的次元のわたしは


代理が可能。


自分が辞めても、もっと優秀な人が


代わりにつくこともある。


親もそう。「親はなくても子は育つ」


役割を放棄することもできる。


本当にわたしがわたしと言い切れるのは


他の人に代理をしてもらうことができない


「存在としてのわたし」です。