谷口隆之助先生
存在としてのわたしは、極めて単純に
端的にそこにあるという
そういう事実としてここにある。
何か一生懸命勉強したり
本を読んだりしないと、存在としての
わたしが発見できないものではない。
ここにこうやって生きているわたしとして、
存在のわたしは端的にあるわけです。
事実としての自分に存在に直面しないで
自分をなんとか価値づけ
意味づけようと懸命になっている。
そうしないと生きられないと思ったり
そうしないと生きられないのが人間だと
当然の考え方として受け入れてしまっている。
生き甲斐がないと生きられないのは錯覚。
意味とか価値とかの観念を持ち
この観念から生を生きようとするのは
逆の発想。
意味や価値から生が始まるのではない。
生から意味や価値、観念は形成されるが、
生は生自体からしか始まらない。
悩みや苦しみを経験したとき
様々な価値や意味づけを試みて
絶望し行き詰ります。
観念が先行するから行き詰る。
それは端的な事実としてのわたしから
目をそむけ、引き受けようとしないから。
もっと端的に事実としての自分の存在から
自分の生を出発させることをしないと、
人間は本来の生を生きることができなくなる
性質のもだということです。