シナリオライターのおちゃ「目」な日記 -50ページ目

シナリオライターのおちゃ「目」な日記

シナリオライターは常に人の行動に目を配るべし!思わぬキャラクターに出くわすよ!感動したら首を振るペコちゃんK妖怪。必要ないのにセリフを関西弁に変えてる、大阪すっきやねん妖怪。勝手な演技をする割に決まったセリフが覚えられない礼儀作法教官妖怪。

方広寺の鐘



1611年3月28日、豊臣秀頼は豊臣恩顧の家臣に


守られて、二条城で赴き徳川家康と会見した。


二条城は徳川家康の京都出張所で、そこに


大坂城から秀頼が出て会いに来たということに


大きな意味がある。


これにより豊臣家が徳川家の家臣になった


と言うことが名実ともに明らかになった。


会見後も秀頼は大坂城に浪人を集め


武力を蓄えようとしていたのた。


これにより豊臣家を滅ぼそうと考えた家康は、


豊臣家が送った方広寺の鐘に因縁をつけた。


国家安康 君臣豊楽 子孫殷昌


家康の名前が二つに離され呪いをかけられ


豊臣家が主君として子孫繁栄するというもの。


豊臣家は驚き家康に使いを送った。すると、、、



CTU大人塾は大人に必要な知恵を学んでいきます。 メモ

日本史、ファイナンス、経済、生き方など様々な角度から大人に必要な知識を学んでいきましょう。

                                                 www.ctu-sky.com

二条城の会見



事実上の天下人である徳川家康は


豊臣秀吉の子である秀頼に、


主君の立場の入れ替わりを


いかに認めさせるかを考えた。


1605年徳川秀忠を二代将軍として


徳川一族が天下を引き継ぐことを


大名に知らしめた。


豊臣家の家臣たちは、もはや豊臣家に


天下を取る実力がないことを承知していた。


徳川家のもとで豊臣家が大名として


存続するように考えから二条城での会見が


行われることになった。





CTU大人塾は大人に必要な知恵を学んでいきます。 メモ

日本史、ファイナンス、経済、生き方など様々な角度から大人に必要な知識を学んでいきましょう。

                                                 www.ctu-sky.com

お遍路や伊勢参り



檀家制度によって仏教の年中行事などが


庶民の生活に浸透すると、


江戸の庶民はこれを娯楽化していき、


お遍路や伊勢参りなども流行しました。


明治元年、宗教政策によって13宗56派


が公認されました。


戦後の昭和20年宗教法人法によって、


宗派の設立が許可制から認証制に変わると、


多くの新たな教団が分派・誕生しました。




CTU大人塾は大人に必要な知恵を学んでいきます。 メモ

日本史、ファイナンス、経済、生き方など様々な角度から大人に必要な知識を学んでいきましょう。

                                                 www.ctu-sky.com