最後の忠臣蔵
大石内蔵助の三男の大三郎はりくのお腹の中にいたので
顔を見ることはありませんでした。
桂昌院の大赦が出て旧赤穂藩士を表だって召し抱えるが
出来る世の中になってから大三郎は大人になります。
本家の芸州浅野家では内蔵助と同格の1500石の
主席城代家老として取り立てられました。
見舞えることなない父親の功績に感謝したことでしょう。
母親のりくと姉のるりも一緒に広島に移住しました。
るりも浅野家の一族に嫁いだようです。
人脈作りの技術と実践、行動科学に基づいた実践的対人コミュニケーション「人脈分析マップ」。
