和睦そして夏の陣へ
秀吉は難攻不落の大坂城を攻め落とすには
一度攻めてから和睦を持ちかけ堀を埋めて
再度攻撃をかけるという作戦を
家康に語ったことがあった。
この作戦を実行した家康はまず大砲で
大坂城めがけた一斉砲撃をした。
堀がありほとんど着弾しなかったが
一発だけ届き女中が淀君の近くで即死した。
これを恐れた淀君は、
家康の和睦の提示を飲む決心をした。
まだ負けていないのに飲む必要はないと
諌める家臣の意見を退けた。
これにより約束した外堀だけでなく
内堀も家康の手により埋められたて、
大坂城は裸同然となった。家康の巧みな罠だった。
そして大坂夏の陣へと進んでいく、、、、
日本史、ファイナンス、経済、生き方など様々な角度から大人に必要な知識を学んでいきましょう。