【東日本大震災 停電で必死の介助 仙台のALS患者家族】
東日本大震災は、人工呼吸器を使って自宅療養する患者とその家族を、長期停電という形で不意打ちした。仙台市のALS(筋萎縮性側索硬化症)患者、土屋雅史さん(53)宅でも地震直後に電気が止まり、一晩中、妻佳代子さん(50)ら家族が交代でゴム製の袋を手で押し、土屋さんに空気を送り続けた。翌日からは知人や主治医の支援で電源が確保され、ぎりぎりのところで窮状を脱した。佳代子さんは「自分たちだけでは乗り越えられなかった」と話す。【遠藤和行】
ALSは全身の筋力が衰える難病で、進行すると呼吸に必要な筋力も弱まり、24時間の介助が必要になる。10万人に数人の割合で発症し、10年3月末現在、全国で8492人、宮城県内には155人の患者がいる。
06年に発症した土屋さんは、09年に人工呼吸器を装着した。11日、地震直後の停電で人工呼吸器の電源が内蔵バッテリーに切り替わった。もって1時間。佳代子さんは呼吸器を非常用の外部バッテリーにつないだ。それも深夜に切れた。
あとは手動の呼吸器しかない。厚いゴムの袋を手で押して空気を送るきつい作業だが、佳代子さんが1時間、息子2人が2時間ずつ交代で押した。この間に自家用車から外部バッテリーに充電した。懐中電灯の薄明かりの中、3人は代用器具を使って土屋さんのたんを取り除く作業もし、ほとんど眠れなかった。
翌日、知人から次々に助けの手が伸びた。「自家発電機を貸すよ」「うちの太陽光発電でバッテリーを充電できる」「ガソリンを譲るよ」。食事を持ってきてくれる人もいた。発電機を借り、停電3日目に主治医からガソリン20リットルが届いて不安が和らいだ。それでも発電機は騒音のため夜は使えず、深夜に1~2時間、手動の呼吸器を使う日が続いた。
電力が復旧したのは15日夜。佳代子さんが「良かった。頑張ったね」と声をかけると、土屋さんは起動した会話用の専用パソコン上に「みんなありがとう」とつづった。
仙台市の「仙台往診クリニック」は人工呼吸器を使って自宅療養する患者45人を支援している。今回の停電では、発電機の燃料不足などから約20人が緊急入院せざるを得なかった。そのうち一人は電力復旧とともに退院を迫られたが、ヘルパーが確保できずに帰宅を断念。山形県の病院にヘリで搬送され、家族と離ればなれになっている。クリニックの川島孝一郎院長は「過去の地震の経験から、停電は6時間程度で復旧すると考えており、長期停電は想定外だった。全患者宅に発電機を装備し、長期停電に備えたい」と話した。
朝日新聞3月23日配信
懐中電灯の薄明かりでの介助は大変だと思います。
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【医薬品の緊急運搬車、「薬マーク」表示を- 厚労省 】
医薬品を運搬する緊急車両への給油量の制限撤廃に

ついて、厚生労働省は3月20日、車両の窓ガラス全面
に同省が定めるマークを表示するよう、日本製薬団体
連合会と日本医薬品卸業連合会に事務連絡を行った
これに関連して厚労省は19日、警察から緊急車両の
標章を受け、社員証や積載荷物などから医薬品を運
搬していることが確認できる車両については、同省の
事務連絡を提示することで給油量の制限を受けないと
する事務連絡を出している。
今回の事務連絡では、警察から緊急車両の標章を受
けた上で、同省が作成したマークをA4判サイズに拡大するなど、車外から分かるよ
うな形で示すよう求めている。
( 2011年03月20日 22:30 キャリアブレイン )
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【DREAMの週刊ランチタイムNOW!】
【がん患者の治療ブランクないよう支援を- 国立がん研究センター支援団が報告】
東日本大震災を受け、国立がん研究センターが宮城県に派遣した医療支援団と、福島県に派遣したスクリーニング支援団が3月20日、現地での活動を終えて同センターに戻り、報告会を開いた。医療支援団の島田和明団長(外科医)は、支援に入った国立病院機構宮城病院が診療体制を維持できない中診療支援に当たり、今後は抗がん剤の投与や手術の予定が入っているがん患者のブランクがないよう支援することなどが課題となると述べた。
両支援団は、17日から20日にかけて派遣された。
医療支援団は、医師2人、看護師3人、事務職2人の計7人で、国立病院機構宮城病院(宮城県山元町)に滞在して支援に当たった。島田団長によると、山元町は津波による被害が大きかった地域。医師、看護師なども被災者になっており、宮城病院は320人の入院患者の診療体制を維持するのがやっとで、外来は2人の医師、2-3人の看護師で軽症の救急患者に限って診ている状況だった。また、周囲の避難所16か所、救護所1か所に計3931人が滞在(17日時点)していたが、現地の開業医が避難所3か所を巡回しているだけだった。
支援団では、宮城病院の負担を軽減するため、17,18日に医師、看護師が交代で夜間の救急外来診療に参加した。また、2班に分かれて避難所や救護所などを巡回し、患者を診療したり、各施設の代表者や保健師に感染予防策を指導したりした。
これからの課題として島田団長は、▽インフルエンザなどの感染症の予防▽慢性疾患の患者の薬がなくなった時のバックアップ体制▽抗がん剤の投与や手術の予定が入っているがん患者のブランクがないようにする支援―の3点を挙げた。特にインフルエンザは、迅速診断キット陽性の患者が出るなど流行の兆候があったという。
がんの診療体制については、「高度ながん治療は、高度な病院でないと不可能な治療が多い」とし、「東北大病院などで十分な体制が取れない場合は、近県や都内(の病院)に送るバックアップ体制が必要」との見解を示した。
今後、第2陣を派遣する時期について、同センターの嘉山孝正理事長は「今は(被災地に)医者が集まってきている」とし、「少し間をおいて、抗がん剤が尽きたころに現地に行く」と述べた。
■被ばく状況、周囲に影響なし―スクリーニング支援団
一方、スクリーニング支援団は医師1人、診療放射線技師1人、事務職1人で編成。主に福島県内の避難所で、住民の被ばくの状況調査などを行った。団長の伊丹純医師によると、1130人の放射線量を測定したところ、「全身除染」の対象と同県で定めている10万cpm(カウント毎分)を4人が上回った。ただ、いずれも服を叩いたり、ウエットティッシュでふき取ったりすれば基準値を下回ったといい、伊丹団長は周囲に影響を与えるような人はいなかったと説明した。
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