あけましておめでとうございます。

昨年はやはりなんといっても18年連れ添ってくれた愛犬が旅立ってしまったことが最大の出来事になってしまった。
あれから約半年、その悲しみも遠くなったかと思いきやいまでもいつもの愛犬との散歩道を通ると何とも言えない喪失感がこみあげてくる。あぁ、もういないんだな、という感覚。

 

 街を歩いていてダックスを見るとつい見入ってしまう。
やはり一番つらいのは後悔の念である。あーしてあげればよかった、こうしてあげればよかったという気持ちだ。
独身の僕はあの子の後半の8年間は働く時間が長く、ひとりにすることが多かった。寂しかったろうなぁというこの思いはいまでもときどき罪悪感として僕を苦しめる。

 

 何の関係もない動画などを見ていてもその作成された日付を見て、あぁ、このときはまだあの子は生きていたんだよな……という思いにとらわれる。

 しかしもうそんなことを言ってもどうにもならない。いまはただあの子の供養をする毎日である。

 

 それ以外ではパートナーとの関係が深まっていることだろうか。
それでも悩みはある、あるけどその悩みの深刻さにもかかわらず自分でも不思議なくらいそれとうまく折り合いをつけている。
それに関してはパートナーからも尊敬するとまで言われるほど。ぼくのどこにそんな「器」があったんだろうと思うほどである。

 

 ともあれ、パートナーと一緒に過ごす時間がもたらす幸せはたとえようもない。そう、人を幸せにするよろこび、これほど大きな喜びをもたらしてくれるものは人生ではないと思う。特に僕は一人でほぼ完結する孤独な仕事をしているので、この手の喜びを味わう機会が極めて少ない、なので本当にありがたいと思う。

 

 よくユーチューブの動画などで、魂の高い人間ほど孤独になるのだから気にするな的な動画を見かけるが、それは真実の一面をついてはいるものの、僕は完全には同意できない。孤独は必要である、孤独だけがもたらす幸福というものは確かにある。だが、孤独だけになってしまうとあきらかに人生に絶対に欠かせない大きなよろこびを失う。全体の半分以上かけたパズルのようなものである。それらの動画は僕には負け惜しみ、自分を孤独に追い込んでいる理由(それは主に自分自身の中にある)から目をそらすための言い訳のように思えてならない。

 

 

 三面記事的な話題を言えば、やはり高市首相の台湾問題に対する発言だろうか。
どんな経緯で発言したのか前後の脈絡が分からないので軽はずみなことは言えないが、やはりプロの政治家としては軽率だったといわれても仕方がないだろう。

 

 ああいうことはあいまいなままにしておくのがいいのだ。明確な答えを避け、のらりくらりとかわす、そういう老練さをまだ首相になったばかりの彼女に求めるのは無理はあるだろう。だが、彼女自身も思い知っただろう、首相になってからの発言がどれだけ大きな影響を与えるかを。

 

 いずれにしても今後数年間は日中関係はぎくしゃくし続けてそれは日本経済に少なくないダメージを与え続けるに違いない。

それからおもうことは、あの発言に対する中国の反応の子供っぽさだ。端的に言うとかっこ悪い。日本から駆け付けた外務省の人に対して見せた無礼千万な態度や、たしか人民解放軍がだしたもし日本が介入したら中国は痛撃を加える、などという感情的な言葉などまさに子供の喧嘩のようだ。

 

 中国は世界の前で大恥をかいたという印象だ
そもそも台湾が歴史的にみて中国の領土という認識に誰も異を唱える者はいないだろう、日本も含めて。
 北京政府とは違う政府、しかも民主的に選ばれた政府が台湾に存在していて、その政府が望まないにもかかわらず強制的に支配しようというその意志そのものが人道上、社会常識上大問題であるということに気づいていないこと自体が今の北京政府の本質的な問題だ。

 

 そしてそのことを日本政府がなぜ中国政府に対して表明しないのかも残念である。これをいえばかれらは何も言い返せないほどの正論であるにもかかわらずだ。

 

 学校の成績もよく、エリートといわれている両国の政府中枢にいる人々が単なる感情論で終始しているのは、いつも繰り返されていることとはいえ残念としか言いようがない。

 

 

 まぁ、そんなこんなで今年も始まった。今年も健康に気を付けて労働に趣味に楽しんでいきたい。

そうそう、健康といえば、昨年健康オタクで通っている僕をふだん揶揄してきた同僚が深刻な病に倒れた。彼は現在も長期で休んでいる。下手をすれば命にもかかわる重い病気だ……「そんなに長生きしたいの?」と僕に言ってきた時のことを思い出す。

 

 彼の現状を思うにつけ、健康こそすべての幸福の大本にある基礎であり、それを維持するためには自分の欲望を抑えて、可能な限りの努力を怠ってはいけないという僕の信念を再認識させてくれた。

 

 ではよいお年をお過ごしください。