選択肢があるのは楽しいものです。
例えば、
旅のプランにおいて、
どこで何をするのか、
誰と会うのか、
何を食べるのか、
どんなルートを使って、
どのくらいの時間滞在するのか、
そんな選択肢があるのは実に楽しい。
なぜ楽しいのかを考えると、
そこには「すべき」や
「しなければならないといったものが
ないからなのかもしれません。
つまりは、自分で選べる状態です。
主体性も自分にあります。
だからこそ楽しいのでしょう。
この構造を応用できないでしょうか。
仕事においても、
「しなければならない」とか、
「すべき」と捉えるからこそ、
窮屈になるのではないか。
選択肢がある中で、
そこから選ぶと捉え直せば、
心の持ち様も
ずいぶん変わりそうな気がします。
実際には
そういったものではないのかもしれません。
ですが、
それはまさに心の持ち様であって、
そう解釈するというのも
まさにそれは選択肢として
ありなのではないかと
思ったりするわけです。