お正月気分も今日まで。
ドッグランに通うのも週末までおあずけ。
という訳で、ちょっと遅めの時間帯でしたが、うちのゴールデンを連れてドッグランに行ってきました。
主なメンバーは、すでに遊び疲れて、うちのと駆け回る元気なし(苦笑)
オーナーさんがいたので、薪ストーブと焼き芋いただきました。
芋好きなうちのワンコ、バクバクとあっという間に食べちゃって、よその芋をおねだりに行ってるし…こらこら、駄目ですよ~。
日本犬て、あまり焼き芋好きじゃないのかな?
いや、うちのワンコが特に焼き芋好きなんだね。
食べ過ぎ注意!
今日は、ジャイアンの妹みたいなゴールデン娘も来ていて、迫られたうちのワンコ、タジタジ…
飼い主さんも、ごめんね~と謝ってくださり。
いえいえ、うちのはオスメス関係なく追いかけられますから(笑)
そして最後は、ジャイ娘と北海道犬と三頭きりになり、うちのワンコ、究極の選択!
結果、私とボール遊び。
犬同士遊んでほしい…(苦笑)
まあ、ある意味、濃い時間を過ごしたドッグランでした。
正月はやはり初詣。
うちのゴールデン・レトリバーの初詣先は、勿論ドッグラン!
今日もいろんなワンコ達が来ていましたよ。
うちの子の好きな柴犬娘、ラブラドール、黒シェパード、豆柴犬、コーギー、北海道犬、ボルゾイ等々。
ワンコのワールドカップですね。
うちのゴールデンは、年末の闘犬トラウマからまだ立ち直れず、みんなの追っかけっこにはイマイチはまれませんでしたが、小さいコーギー犬とか豆柴犬と山の遊歩道で遊んだり、お得意のボール取ってこい遊びをせがんだり。
オーナーさん、本日不在なので薪ストーブと焼き芋は無し。
私達飼い主達は、温もりを求めて、里山遊歩道の雪融けスポットをウロウロ(苦笑)
だって雪の上だとブーツから寒さが伝わってくるんだもん。
雪と泥の斜面でこけつまろびつ駆け回る犬達…ああ、今日は腹側だけじゃなく全身シャワーだな。
犬洗いのついでに洗濯もしちゃおう。
初詣、初湯、初洗濯と充実した日になりました。
この冬休み、通いつめましたよ、ドッグラン!
プチ大掃除で1日欠席(笑)しましたが、ほぼ皆勤賞♪
冬のドッグラン平均2時間滞在、飼い主は寒いぞ(苦笑)。
でも犬達は元気一杯!
今日は、北海道犬に遭遇しました。
さすが熊と一騎討ちする闘犬の血筋をひいているだけあって、飼い主さんも手こずる喧嘩っぱやさ。
ソフトバ〇クの白ワンコに似た、小柄な犬でしたが、気が強い強い。喧嘩っぱやい。
うちのレトリバーは、猟犬といっても回収犬だから、最初から降参でーす。トホホ…
いいんだもん、ママリンとずっとボール遊びしてたもん。
今日は闘犬だらけのドッグランでした。
落ち込むなよ~レトリバー!
君の良いところは、平和主義なフレンドリーさだからね。
では、よいお年を~。
小学校の時、クラスでいじめられてばかりいる女の子がいた。
Sちゃんというその子は、男子達からはクサイ、馬鹿と乱暴され、一緒にいるとバイ菌が移ると避けられていた。
女子からは完全無視されていた。
彼女の家は、大きい木の根本にトタンで囲っただけのもので、お風呂もトイレも無いようだった。
私達の時代からしても、貧しい暮らしだった。
当時、河原にも似たような家が数件かたまって建っていた。
檀家頭の私の家では、お盆休みにはお寺に持っていくお米の袋を各檀家に持っていく役目があった。
その役目は、一家の後継ぎがすることになっていたから、父の後に連れられて私は15軒位ある家々を毎年まわって大きめの封筒位のお寺の米袋を渡して歩いた。
その中に一軒だけ河原の家があった。子ども心に、ここはなんで普通の家じゃないのか不思議だった。
中学生の頃だったか、何故この人達は河原に住んでいるの?と父に聞いたら、穢多だから、と言われた。
穢多非人の穢多である。
現代に、教科書で習った階層の人達が、自分達の身近にいる!
ショックだった。
この豊かな現代に、穢多と呼ばれる人達がひっそりと身近に存在していることに。
その人達はSちゃんも含めて、優しかった。
でもお風呂も無く、臭いといわれては地区住民から生まれながらに差別されていた。
Sちゃんの家族構成は、よくわからなかったが、ずっと年上のお兄さんと、彼女と小さい弟二人がいて、彼女は勉強こそまるでできなかったが、小さい弟達の面倒をよくみて、優しい子だった。
喘息で休みがちでクラスからはみ出しっ子の私とは気があってよく遊んだ。
小学校を卒業する頃、お兄さんが働くからアパートにすめることになったと凄く喜んで教えてくれた。
良かったな、と心から思った。
お風呂トイレつきアパートに引っ越せば、もう優しい彼女達は、臭いと苛められなくなるだろうと、子ども心に安心した。
その後、彼女達は何処かへ引っ越して行って、連絡がとれなくなった。
今ごろどうしているだろう?
自分のせいじゃないのに、生まれながらハンデを背負ったS家や河原に住む人達。
今では区画整理も済んで、かつてのバラック小屋群のあった所は、小綺麗な遊歩道になっている。
あのバラックの住民達は、ちゃんとアパートに住めただろうか。
冬の北国でホームレスは凍死してしまうから。
今夜は何故かSちゃんが懐かしい。
Sちゃんというその子は、男子達からはクサイ、馬鹿と乱暴され、一緒にいるとバイ菌が移ると避けられていた。
女子からは完全無視されていた。
彼女の家は、大きい木の根本にトタンで囲っただけのもので、お風呂もトイレも無いようだった。
私達の時代からしても、貧しい暮らしだった。
当時、河原にも似たような家が数件かたまって建っていた。
檀家頭の私の家では、お盆休みにはお寺に持っていくお米の袋を各檀家に持っていく役目があった。
その役目は、一家の後継ぎがすることになっていたから、父の後に連れられて私は15軒位ある家々を毎年まわって大きめの封筒位のお寺の米袋を渡して歩いた。
その中に一軒だけ河原の家があった。子ども心に、ここはなんで普通の家じゃないのか不思議だった。
中学生の頃だったか、何故この人達は河原に住んでいるの?と父に聞いたら、穢多だから、と言われた。
穢多非人の穢多である。
現代に、教科書で習った階層の人達が、自分達の身近にいる!
ショックだった。
この豊かな現代に、穢多と呼ばれる人達がひっそりと身近に存在していることに。
その人達はSちゃんも含めて、優しかった。
でもお風呂も無く、臭いといわれては地区住民から生まれながらに差別されていた。
Sちゃんの家族構成は、よくわからなかったが、ずっと年上のお兄さんと、彼女と小さい弟二人がいて、彼女は勉強こそまるでできなかったが、小さい弟達の面倒をよくみて、優しい子だった。
喘息で休みがちでクラスからはみ出しっ子の私とは気があってよく遊んだ。
小学校を卒業する頃、お兄さんが働くからアパートにすめることになったと凄く喜んで教えてくれた。
良かったな、と心から思った。
お風呂トイレつきアパートに引っ越せば、もう優しい彼女達は、臭いと苛められなくなるだろうと、子ども心に安心した。
その後、彼女達は何処かへ引っ越して行って、連絡がとれなくなった。
今ごろどうしているだろう?
自分のせいじゃないのに、生まれながらハンデを背負ったS家や河原に住む人達。
今では区画整理も済んで、かつてのバラック小屋群のあった所は、小綺麗な遊歩道になっている。
あのバラックの住民達は、ちゃんとアパートに住めただろうか。
冬の北国でホームレスは凍死してしまうから。
今夜は何故かSちゃんが懐かしい。















