4月。入学の季節。新生活の季節。
新しい制服に袖を通す。鏡の前で自分を見つめる。なんだか変な気分だ。
制服が変わっただけなのに、自分じゃない様な気分がする。

入学式が単調に終わり、1週間が経った。
新入生オリエンテーションやら説明会など、最初の1週間はまるでお客様扱いだ。
今日から本格的に高校生活がスタートする。
別に緊張している訳ではないが、ソワソワする。

汐川高等学校。
県内でも有数の平凡な学校だ。特に成績が言い訳でも、部活の名門でもない。
ただ単純に家から自転車で通える。それだけの理由でこの学校を選んだ。

オレンジジュースを一杯飲んで、家を出る。中学生の頃からの習慣だ。
外は春らしい陽気。たまに吹く風がまだ冷たい。
学校までは自転車で10分。あっという間に着く距離だ。
途中、3月まで通ってた中学校の前を通る。
何人か見た事のある下級生、そして真新しい制服を着た新入生とすれ違う。
ほんの数日で環境が変わる。実感が湧かない。

しばらくして学校に着く。1年生は最上階の5階が教室だ。
教室に着くと、賑やかだった。
携帯のアドレス交換をしているヤツ、当たり障りのない話をしているヤツ。
俺は自分の席についた。ホームルームが始まるまで、何人かが同じ様に声を掛けて来た。
アドレスを交換して、自分が通ってた中学校を教えて。まるで流れ作業の様に淡々と繰り返した。

授業が始まる。
やる気がない訳ではないが、なんだか調子が出ない。
ただ黒板に書かれた文字をノートに書き写すだけ。それだけだ。
授業が長く感じる。1日が長く感じる。
入学して1週間しか経過していないのに、もう退屈だ。
学校が悪い訳じゃない。自分が退屈なんだ。

気が付けば、放課後になっていた。
部活にいくヤツ、バイトにいくヤツ、友達と遊びに行くヤツ。
朝同様に賑やかな教室は、あっという間に俺だけになった。

家に帰ってもする事もない。
まだ学校に慣れていないから、校内を散歩がてら周る事にした。
汐川高校は、比較的最近出来た高校だ。
近くには海があり、放課後、海を見に行くカップルもいるらしい。
羨ましい。
教室があるA棟と、音楽室や理科室があるB棟を繋ぐ渡り通路から、海が見える。
たまに吹く風が、朝よりも冷たい。
反対側はグランドが見える。
運動部が声を張り上げている。
俺は1番奥の野球部に焦点を絞った。
中学までは野球部だった。もちろん、中学時代も高校に進学しても野球を続けるつもりだった。
中学2年の冬までは。

今はこうして遠くから眺める事しか出来ない。
溜め息しか出て来ない。


ガタン!
何かが落ちる音がした。
音のする方を見ると、A棟の渡り廊下入り口で、大きな段ボールを抱えた女子生徒が何かを落とした様だ。

「あぁ、、、もう、、、なんで私がこんなに荷物持たなきゃいけないのよ。。。」

女子生徒は文句を言いながら、段ボールを降ろした。
一部始終を見ていた俺に気が付いたのか、その女子生徒は恥ずかしそうに、うつむいた。

「あの、重そうですけど、俺、運ぶの手伝いましょうか?」
下心が無かった訳ではないが、本当に重そうだったので、ふいに言葉が出た。

「えっ!そんな、、、悪いですよ、、、。」
言葉ではそう言っていたが、目は嬉しそうだった。
俺は段ボールを持ち上げた。
「これ、どこまで運べば良いですか?」
「B棟地下の音楽室までお願いしますっ!」
急に元気になった女子生徒。素直というかなんというか。
つい笑ってしまった。

「あの、これ結構重いですけど、何が入っているんですか?」
「楽譜です、今度の演奏会用の楽譜が全部入ってるんです。」
女子生徒は凛々しい表情になった。
楽譜。音楽に興味の無かった俺には縁の無い代物だ。

女子生徒は俺の顔をマジマジと見始めた。
「あの、新入生だよね?」
「はい、そうです。」

そう答えると、急に咳払いをして。
「えー、我が吹奏楽部では新入部員を募集しております。是非、吹奏楽部に入部しませんか!?」
新手の勧誘か?!

「いや、俺、音楽なんてやった事ないし、楽譜なんて読めないし、無理ですよ。」
(音楽なんて出来る訳が無い!別に興味もないし。)

「大丈夫!楽譜読めなくても私達が教えるし、、、そうだ!打楽器やってみない?」
キラキラした目でこっちを見てくる。
(やめてくれ、、、そういうのに弱いんだ。。。押しに弱いというか何と言うか。)
「打楽器って言われても。まだ部活やるか決めてないですし。」
「そっかぁ、、、。残念だなぁ。君みたいに力持ちは、きっと打楽器に向いてるよ!」
(打楽器って、力持ちが向いてるのか?そんな事無い様な気がするが。。。)

しばらくして音楽室の前に着いた。
「ありがとうございます!助かりました!」
「いえいえ、これくらいなら大丈夫ですよ。」
女子生徒は、俺の目をじっと見た。
そして。
「私、北川利香っていいます。2年生です。あなたの名前は?」
急に聞かれて正直焦った。
一呼吸置いて。
「結城肇と言います。1年6組です。」

北川先輩はニコッと笑って、音楽室に入っていった。

「帰ろう。」
そう呟いて、下校した。