「あ~お疲れ~!今日遅かったね!」
北川先輩は秋山忍の方に歩み寄った。
「うん、今日の練習メニューの打合せを先生としてて。」
「そっかー、それでどんなメニューになるの?」
「今日は成績つけるのに忙しくて顔出せないから、パート練習だってさ。」
秋山忍が来た途端、今まで隣の部屋で練習していた部員が、次々に打楽器練習室に入ってくる。
楽譜を秋山忍に見せてアドバイスを聞いたり、実際に演奏してアドバイスを貰おうとしている。
(凄いんだな。打楽器じゃなくても分かるんだ。みんな秋山忍を頼りにしてるんだな。)
俺は部屋の隅でその光景を眺めていた。
ふと中学時代の事を思い出す。
(俺も、ああやって皆と素直に打ち解けあえたら。どんなに楽になれたんだろう。)
(みんなに頼りにされたかった。それだけだったのに。)
部員が打楽器練習室を出て行き、自分の練習に戻って行った。
「結城くん、ごめんね、、、。なんだかほったらかしみたいにしちゃって、、、。」
「いえいえ、見学に来ているんですし、吹奏楽部の何か、こう、リアルな姿を見れた。って感じです!」
北川先輩は少しホッとした表情をした。
「ねぇ、秋山君。ちょっと演奏してもらってもいいかな?せっかく見学で来てもらっているし。」
「私の演奏で良ければ、少しだけ。」
秋山忍はそう言って、俺の方に歩み寄って来た。
「基本的にどの楽器でも良いんだけど、何か聞いてみたい打楽器とかあるかな?」
秋山忍はごく自然に話しかけて来た。別に偉そうにする訳でもなく、自慢する訳でもなく。
「そう言われても、打楽器ってよくわからないですし、、、。」
俺は周りを見渡した。1番奥にあるドラムセットに気が付いた。さすがにドラムなら知っている。
「じゃぁ、ドラムを見てみたいです。」
「うん、分かった。せっかくだから近くで見てね。」
そう言って、秋山忍はドラムセットに座った。自分が演奏する訳じゃないのに、緊張してきた。
部屋全体が張りつめた空気に変わる。
秋山忍は、ゆっくりとドラムを叩き始めた。
俺は真正面からそのプレイを見た。
次第に秋山忍の手が、足が速くなっていく。そして音もどんどん大きくなっていく。
(凄い、、、手が見えない、、、。)
一打叩く毎に、俺の体の芯が震える。
しかし秋山忍は、表情一つ変える事無く叩き続ける。
(体の重心がまったくブレてない。しかも、動きに無駄が無い、、、。)
演奏が終わった。俺はあまりの衝撃的な演奏に、言葉を失った。
(今まで聴いてきた音楽とは違う。楽器って、こんなに心が震えるのか。)
(この人、秋山忍、、、。凄い、、、。こんなに衝撃を受けた事は今までない。)
「ごめんね、うるさかったでしょ?」
秋山忍は少し申し訳なさそうに聞いてきた。
「いえ、そんなことありません、、、。でも、何て言って良いか分からないですけど、、、」
俺はあまりの衝撃的な演奏に、まだ心が昂っている。
「・・・・。感動、しました。」
「ありがとう。なんだか少し照れるけどね。」
秋山は少し笑って、握手を求めてきた。
俺は握手に応えた。
「結城くん、どうだった?!秋山くん、教えるのも上手だし、きっとすぐ上手になるよ!」
北川先輩は誇らしげに声を掛けてきた。
確かに凄かった。
でも、、、、。
「あの、今日はもう帰ります。」
俺の心はまだ昂っている。でも、今はこの場から去りたかった。
俺がいるべき場所じゃない。その時、そう思い込んでしまった。
「そっか、、、、。また、いつでも来てね。演奏会もあるから、時間があったら見に来てね。」
北川先輩は残念そうな顔で、俺にそう言った。
秋山忍は、何も言わずに俺を見ている。
「すいません。また何かあったら。」
俺は音楽室を出た。
俺は渡り廊下に向かっていた。
運動部の大きな掛け声を背にして、海を眺めていた。
(秋山忍。音楽の事分からない俺ですら、凄いと感じた。)
(俺が今さら音楽をやった所で何にもならない。部員のみんなは秋山忍を尊敬している。)
(結局、俺が吹奏楽部に入って練習したって、野球部の時の様に秋山忍と比べられるだけだ。)
しばらくすると、誰かが来たのを感じた。
秋山忍が立っていた。
「ちょっといいかな。あっ、これ、売店のおばちゃんからサービスしてもらったから、一緒に飲まない?」
そういって、缶コーヒーを差し出した。
「すいません。ありがとうございます。」
しばらくお互い無言でコーヒーを飲む。
(どうしてここに来たんだろう、、、。)
「あの、どうしてここに?」
「結城くんがここにいるのを見掛けたから。これじゃダメかな?」
「いえ、ダメな事は無いです、、、。」
(どうしてだろう。なんで俺なんかに会いに来たんだろう。)
秋山忍は海を眺めながら話しだした。
「さっき、結城くんが帰りますって言った時。なにか引っ掛かるものを感じたんだ。何かありそうだなって。」
「それで、気になったんだ。なにか粗相があったら謝ろうと思って。」
秋山忍は淡々と話した。
「いえ、そんなこと無いですよ!あまりに演奏が凄くて、なんだか場違いかなって思って。」
秋山忍は何も言わずに海を眺めている。
「あの。秋山先輩は小さい頃から音楽をやってるんですか?」
「そうだね。師匠にドラムを習い始めたのが3歳の頃だから、もう13年になるかな。」
「やっぱりそうですよね。小さい頃から練習して。あれだけの才能で。」
「才能。それは分からないけど。好きでやってる事だしね。」
「将来はやっぱりプロを目指しているんですか?」
「いや、別にプロを目指している訳じゃないよ。」
「そうなんですか?あれだけ上手かったらプロになれるんじゃないですか?」
秋山忍はしばらく考え込んで、缶コーヒーを一気に飲んだ。
「プロというスタイルにそんなに興味がないんだ。私がやりたいと思う音楽が出来ればそれで満足なんだ。」
「そうなんですか。自分には分からないです・・・。」
秋山忍は少し笑った。
「結城くんは、何か目標とかやってみたい事って無いのかな?」
「いえ、今は特にそういうのはないんです。目標もやってみたい事も。」
(なんだか妙な安心感がある。この人、秋山忍と会って少ししか経っていないのに、話を自然に出来る感じがある。)
(この人になら、自分の悩みを話しても良いかも知れない。)
「俺、小学生の頃からずっと野球をやってたんです。凄い野球が好きになって。」
「月並みですけど、高校生になったら甲子園に出て、プロ野球選手になりたいって。でも真剣にそう思って練習してました。」
「でも、中2の冬に腰を怪我して、医者から中学で野球は辞める様に言われて。そしたら急にどうやってプレーしていいのか分からなくなって。」
秋山忍は目を瞑って話を聞いている。
自分でも驚く程、素直に話が出来ている。
「試合でも全く打てなくなって。本当なら中学で野球は出来なくなるから、全力でやりたかった。試合でも活躍出来ない、小さい頃からの目標もなくなった。何もかもやる気がなくなって。周りの仲間とも次第に距離を置く様になって。」
「練習したって、努力したって、結局、何にもならなかった。そしたら目標もやりたい事も何も考えられなくなって。」
俺は素直に秋山忍に全てを話した。
どうして話せたのかは分からない。でも、この人になら自分の悩みを聞いてもらえる気がした。
秋山忍はしばらくして、静かに語りかけてきた。
「結城くん、辛かったんだね。苦しかったんだね。私には結城くんの苦労は分からない。」
「結城くんが何もかもやる気がなくって、目標が分からなくなって。それも当然のことなのかも知れない。」
「でもね、練習・努力をしても意味がないと言うの違うと私は思うよ。」
俺は言い返そうとした。努力したって才能のあるヤツには敵わない。と。でも、秋山忍の鋭い目を見たら何も言えなくなった。
「確かに努力したからと言って、すべてが叶う訳じゃないと思う。でも。今抱えている悩みは、今まで努力してきて、自分の力が向上したから感じ得る悩みなんだと思う。」
「俺は何も向上なんてしてないですよ・・・。」
「そう自分では感じているかも知れない。でも、今まで真剣に取り組んできたから、現状に強く疑問を感じているんだと思う。」
俺は衝撃を受けた。確かにそうかも知れない。自分が真剣に練習してきたから、今まで頑張ってきたから、現状に不満を感じているのかも知れない。
「結城くん、最初に描いていた希望とか夢って、自分の現状と比べてしまうモノだと思う。だから、努力もするし絶望もする。」
「私は、目標や夢が変わる事は問題ないと考えているんだ。今の自分と成長した自分。見える目線が変わると思うんだ。常に上を向いて、歩き続けていれば最初に望んだ形じゃなくても、今その時に最高と思える形になると思うんだ。」
(凄い。なんて凄い人なんだ。たった1つしか年が違わないのに。)
「ごめんね。なんか説教してしまったみたいで。」
「いえ!そんな事ないです。目が覚めた気分です。」
秋山忍は、背を向けてB棟に向かって歩き始めた。
「私に出来る事は何も無いと思う。でも、もし結城くんが必要と感じたらいつでも部室に来てくれ。」
どんどん小さくなって行く秋山忍の背中を見つめた。
(俺も見てみたい。秋山忍が見ている風景を。そして、成長した自分が見る風景を。)
俺は学校を出た。
家に帰る途中、中学時代通い詰めたバッティングセンターに寄った。
島田バッティングセンター。あまり繁盛はしてない様子だが、1ゲーム余分にサービスしてくれたり、バッティング指導をしてもらったり、ここの店主にはよくお世話になった。
店に入ると夕方なのに誰もいない。暇そうにカウンターで新聞を呼んでいる島田さん。
中学の頃から何も変わっていない。俺が入店したのに気が付いた。
「おお、結城じゃないか!久しぶりだなぁ。怪我の具合はどうだい?」
「もう、痛みはほとんどありませんよ!」
島田さんは、嬉しそうに表情を浮かべカウンターから出てきた。
「久しぶりに打ちに来たんですよ。ちょっとでも売上げに貢献しようと思って。」
「生意気言いやがって~!まぁ、無理しない程度に打っていけや。」
俺はよく使っていた真ん中のゲージに入った。
久しぶりにバットを持つ。1回、2回と素振りをする。悪くない。
1球、2球と見送る。いつもこうして、目を慣らしていく。
ゆっくりと構える。頭の中が真っ白になる。久しぶりの感覚だ。
怪我をしてから余計な事ばかり考えて打席に入っていた。でも今は違う。
何の迷いも無い。
俺はスイングした。真芯で捉えた感触があった。ボールは鋭く飛んでいった。
「やっぱり結城はいい振りしてるや。もったいねぇな。」
その後も鋭い打球を飛ばし続けた。
最後の1球。全力で振り抜いた打球は、ホームランボードに直撃した。
「もう迷いはない。吹奏楽部に入ろう。秋山先輩についていけば、きっと新しい自分になれる」
俺はバッティングゲージから出た。
北川先輩は秋山忍の方に歩み寄った。
「うん、今日の練習メニューの打合せを先生としてて。」
「そっかー、それでどんなメニューになるの?」
「今日は成績つけるのに忙しくて顔出せないから、パート練習だってさ。」
秋山忍が来た途端、今まで隣の部屋で練習していた部員が、次々に打楽器練習室に入ってくる。
楽譜を秋山忍に見せてアドバイスを聞いたり、実際に演奏してアドバイスを貰おうとしている。
(凄いんだな。打楽器じゃなくても分かるんだ。みんな秋山忍を頼りにしてるんだな。)
俺は部屋の隅でその光景を眺めていた。
ふと中学時代の事を思い出す。
(俺も、ああやって皆と素直に打ち解けあえたら。どんなに楽になれたんだろう。)
(みんなに頼りにされたかった。それだけだったのに。)
部員が打楽器練習室を出て行き、自分の練習に戻って行った。
「結城くん、ごめんね、、、。なんだかほったらかしみたいにしちゃって、、、。」
「いえいえ、見学に来ているんですし、吹奏楽部の何か、こう、リアルな姿を見れた。って感じです!」
北川先輩は少しホッとした表情をした。
「ねぇ、秋山君。ちょっと演奏してもらってもいいかな?せっかく見学で来てもらっているし。」
「私の演奏で良ければ、少しだけ。」
秋山忍はそう言って、俺の方に歩み寄って来た。
「基本的にどの楽器でも良いんだけど、何か聞いてみたい打楽器とかあるかな?」
秋山忍はごく自然に話しかけて来た。別に偉そうにする訳でもなく、自慢する訳でもなく。
「そう言われても、打楽器ってよくわからないですし、、、。」
俺は周りを見渡した。1番奥にあるドラムセットに気が付いた。さすがにドラムなら知っている。
「じゃぁ、ドラムを見てみたいです。」
「うん、分かった。せっかくだから近くで見てね。」
そう言って、秋山忍はドラムセットに座った。自分が演奏する訳じゃないのに、緊張してきた。
部屋全体が張りつめた空気に変わる。
秋山忍は、ゆっくりとドラムを叩き始めた。
俺は真正面からそのプレイを見た。
次第に秋山忍の手が、足が速くなっていく。そして音もどんどん大きくなっていく。
(凄い、、、手が見えない、、、。)
一打叩く毎に、俺の体の芯が震える。
しかし秋山忍は、表情一つ変える事無く叩き続ける。
(体の重心がまったくブレてない。しかも、動きに無駄が無い、、、。)
演奏が終わった。俺はあまりの衝撃的な演奏に、言葉を失った。
(今まで聴いてきた音楽とは違う。楽器って、こんなに心が震えるのか。)
(この人、秋山忍、、、。凄い、、、。こんなに衝撃を受けた事は今までない。)
「ごめんね、うるさかったでしょ?」
秋山忍は少し申し訳なさそうに聞いてきた。
「いえ、そんなことありません、、、。でも、何て言って良いか分からないですけど、、、」
俺はあまりの衝撃的な演奏に、まだ心が昂っている。
「・・・・。感動、しました。」
「ありがとう。なんだか少し照れるけどね。」
秋山は少し笑って、握手を求めてきた。
俺は握手に応えた。
「結城くん、どうだった?!秋山くん、教えるのも上手だし、きっとすぐ上手になるよ!」
北川先輩は誇らしげに声を掛けてきた。
確かに凄かった。
でも、、、、。
「あの、今日はもう帰ります。」
俺の心はまだ昂っている。でも、今はこの場から去りたかった。
俺がいるべき場所じゃない。その時、そう思い込んでしまった。
「そっか、、、、。また、いつでも来てね。演奏会もあるから、時間があったら見に来てね。」
北川先輩は残念そうな顔で、俺にそう言った。
秋山忍は、何も言わずに俺を見ている。
「すいません。また何かあったら。」
俺は音楽室を出た。
俺は渡り廊下に向かっていた。
運動部の大きな掛け声を背にして、海を眺めていた。
(秋山忍。音楽の事分からない俺ですら、凄いと感じた。)
(俺が今さら音楽をやった所で何にもならない。部員のみんなは秋山忍を尊敬している。)
(結局、俺が吹奏楽部に入って練習したって、野球部の時の様に秋山忍と比べられるだけだ。)
しばらくすると、誰かが来たのを感じた。
秋山忍が立っていた。
「ちょっといいかな。あっ、これ、売店のおばちゃんからサービスしてもらったから、一緒に飲まない?」
そういって、缶コーヒーを差し出した。
「すいません。ありがとうございます。」
しばらくお互い無言でコーヒーを飲む。
(どうしてここに来たんだろう、、、。)
「あの、どうしてここに?」
「結城くんがここにいるのを見掛けたから。これじゃダメかな?」
「いえ、ダメな事は無いです、、、。」
(どうしてだろう。なんで俺なんかに会いに来たんだろう。)
秋山忍は海を眺めながら話しだした。
「さっき、結城くんが帰りますって言った時。なにか引っ掛かるものを感じたんだ。何かありそうだなって。」
「それで、気になったんだ。なにか粗相があったら謝ろうと思って。」
秋山忍は淡々と話した。
「いえ、そんなこと無いですよ!あまりに演奏が凄くて、なんだか場違いかなって思って。」
秋山忍は何も言わずに海を眺めている。
「あの。秋山先輩は小さい頃から音楽をやってるんですか?」
「そうだね。師匠にドラムを習い始めたのが3歳の頃だから、もう13年になるかな。」
「やっぱりそうですよね。小さい頃から練習して。あれだけの才能で。」
「才能。それは分からないけど。好きでやってる事だしね。」
「将来はやっぱりプロを目指しているんですか?」
「いや、別にプロを目指している訳じゃないよ。」
「そうなんですか?あれだけ上手かったらプロになれるんじゃないですか?」
秋山忍はしばらく考え込んで、缶コーヒーを一気に飲んだ。
「プロというスタイルにそんなに興味がないんだ。私がやりたいと思う音楽が出来ればそれで満足なんだ。」
「そうなんですか。自分には分からないです・・・。」
秋山忍は少し笑った。
「結城くんは、何か目標とかやってみたい事って無いのかな?」
「いえ、今は特にそういうのはないんです。目標もやってみたい事も。」
(なんだか妙な安心感がある。この人、秋山忍と会って少ししか経っていないのに、話を自然に出来る感じがある。)
(この人になら、自分の悩みを話しても良いかも知れない。)
「俺、小学生の頃からずっと野球をやってたんです。凄い野球が好きになって。」
「月並みですけど、高校生になったら甲子園に出て、プロ野球選手になりたいって。でも真剣にそう思って練習してました。」
「でも、中2の冬に腰を怪我して、医者から中学で野球は辞める様に言われて。そしたら急にどうやってプレーしていいのか分からなくなって。」
秋山忍は目を瞑って話を聞いている。
自分でも驚く程、素直に話が出来ている。
「試合でも全く打てなくなって。本当なら中学で野球は出来なくなるから、全力でやりたかった。試合でも活躍出来ない、小さい頃からの目標もなくなった。何もかもやる気がなくなって。周りの仲間とも次第に距離を置く様になって。」
「練習したって、努力したって、結局、何にもならなかった。そしたら目標もやりたい事も何も考えられなくなって。」
俺は素直に秋山忍に全てを話した。
どうして話せたのかは分からない。でも、この人になら自分の悩みを聞いてもらえる気がした。
秋山忍はしばらくして、静かに語りかけてきた。
「結城くん、辛かったんだね。苦しかったんだね。私には結城くんの苦労は分からない。」
「結城くんが何もかもやる気がなくって、目標が分からなくなって。それも当然のことなのかも知れない。」
「でもね、練習・努力をしても意味がないと言うの違うと私は思うよ。」
俺は言い返そうとした。努力したって才能のあるヤツには敵わない。と。でも、秋山忍の鋭い目を見たら何も言えなくなった。
「確かに努力したからと言って、すべてが叶う訳じゃないと思う。でも。今抱えている悩みは、今まで努力してきて、自分の力が向上したから感じ得る悩みなんだと思う。」
「俺は何も向上なんてしてないですよ・・・。」
「そう自分では感じているかも知れない。でも、今まで真剣に取り組んできたから、現状に強く疑問を感じているんだと思う。」
俺は衝撃を受けた。確かにそうかも知れない。自分が真剣に練習してきたから、今まで頑張ってきたから、現状に不満を感じているのかも知れない。
「結城くん、最初に描いていた希望とか夢って、自分の現状と比べてしまうモノだと思う。だから、努力もするし絶望もする。」
「私は、目標や夢が変わる事は問題ないと考えているんだ。今の自分と成長した自分。見える目線が変わると思うんだ。常に上を向いて、歩き続けていれば最初に望んだ形じゃなくても、今その時に最高と思える形になると思うんだ。」
(凄い。なんて凄い人なんだ。たった1つしか年が違わないのに。)
「ごめんね。なんか説教してしまったみたいで。」
「いえ!そんな事ないです。目が覚めた気分です。」
秋山忍は、背を向けてB棟に向かって歩き始めた。
「私に出来る事は何も無いと思う。でも、もし結城くんが必要と感じたらいつでも部室に来てくれ。」
どんどん小さくなって行く秋山忍の背中を見つめた。
(俺も見てみたい。秋山忍が見ている風景を。そして、成長した自分が見る風景を。)
俺は学校を出た。
家に帰る途中、中学時代通い詰めたバッティングセンターに寄った。
島田バッティングセンター。あまり繁盛はしてない様子だが、1ゲーム余分にサービスしてくれたり、バッティング指導をしてもらったり、ここの店主にはよくお世話になった。
店に入ると夕方なのに誰もいない。暇そうにカウンターで新聞を呼んでいる島田さん。
中学の頃から何も変わっていない。俺が入店したのに気が付いた。
「おお、結城じゃないか!久しぶりだなぁ。怪我の具合はどうだい?」
「もう、痛みはほとんどありませんよ!」
島田さんは、嬉しそうに表情を浮かべカウンターから出てきた。
「久しぶりに打ちに来たんですよ。ちょっとでも売上げに貢献しようと思って。」
「生意気言いやがって~!まぁ、無理しない程度に打っていけや。」
俺はよく使っていた真ん中のゲージに入った。
久しぶりにバットを持つ。1回、2回と素振りをする。悪くない。
1球、2球と見送る。いつもこうして、目を慣らしていく。
ゆっくりと構える。頭の中が真っ白になる。久しぶりの感覚だ。
怪我をしてから余計な事ばかり考えて打席に入っていた。でも今は違う。
何の迷いも無い。
俺はスイングした。真芯で捉えた感触があった。ボールは鋭く飛んでいった。
「やっぱり結城はいい振りしてるや。もったいねぇな。」
その後も鋭い打球を飛ばし続けた。
最後の1球。全力で振り抜いた打球は、ホームランボードに直撃した。
「もう迷いはない。吹奏楽部に入ろう。秋山先輩についていけば、きっと新しい自分になれる」
俺はバッティングゲージから出た。