マックでの出来事。
隣の席に、小学校低学年くらいの男の子と女の子が来た。
兄妹って感じの二人は席につくなり、隣の机を手際よく寄せ、4人がけのテーブルをスタンバイした。
そして二人でおとなしく座っていた。
一見、行儀のよい躾の行き届いた子供達だが、イヤ~な違和感を感じずにはいられなかった。
小学校低学年くらいの子供達だよ、どう見ても出来すぎている。
ただごとじゃない、できれば思い違いであってほしい。
そんな気持ちでハンバーガーをパクついていた。
数分後、赤ちゃんを乗せたベビーカーを押しながら、お母さんがやってきた。
座るなり、赤ちゃんに優しい笑顔を振りまくお母さん。
直接見たわけじゃないけど、雰囲気でそう感じた。
あ~きっと優しいお母さんなのかな、違和感は杞憂だったかなと思った。
しかし、その後、想像以上の親子関係だったことがわかった。
細かい会話は覚えていないし、直接見たわけじゃないので、想像により補間するところが大きいけど。
二人はお母さんの奴隷だった。
お母さんに一挙手一投足を監視されている。
お母さんの気に入らない仕草、言葉、行動、全て怒られる。
二人もまた、お母さんの一挙手一投足を見ている。
機嫌を損ねないよう、小さな心を萎縮させて。
そう考えると、隣の机を手際よく寄せ、4人がけのテーブルをスタンバイした機敏な動きも。
二人でおとなしく座っていたのも。
全てやらされていたこと。
二人はまるで、自分らしさから程多い人生を歩んでいる。
そんな状況だけど、お母さんに認めてもらうよう振る舞うしか、二人に選択肢はない。
子供は、生きていくためには何でもする。
そうするしかないから。
このようにして、幼少期において最初の分裂人格が形成されていくのだろう。
このように目に見える形でなくても、目に見えない形でも親から多くの悪影響を受け、分裂人格が形成されていくのだろう。
もちろん、親から良い影響も受けているだろうし、何より衣食住を与えてもらっている。
そこは感謝すべき点である。
それはそれ、これはこれ、である。
両親から受ける悪影響は、小さい時期であるほど覚えていないし、大人になってから適切な対処をするのが難しいと思う。
最初にもつれた糸のようだ。
隣の席に、小学校低学年くらいの男の子と女の子が来た。
兄妹って感じの二人は席につくなり、隣の机を手際よく寄せ、4人がけのテーブルをスタンバイした。
そして二人でおとなしく座っていた。
一見、行儀のよい躾の行き届いた子供達だが、イヤ~な違和感を感じずにはいられなかった。
小学校低学年くらいの子供達だよ、どう見ても出来すぎている。
ただごとじゃない、できれば思い違いであってほしい。
そんな気持ちでハンバーガーをパクついていた。
数分後、赤ちゃんを乗せたベビーカーを押しながら、お母さんがやってきた。
座るなり、赤ちゃんに優しい笑顔を振りまくお母さん。
直接見たわけじゃないけど、雰囲気でそう感じた。
あ~きっと優しいお母さんなのかな、違和感は杞憂だったかなと思った。
しかし、その後、想像以上の親子関係だったことがわかった。
細かい会話は覚えていないし、直接見たわけじゃないので、想像により補間するところが大きいけど。
二人はお母さんの奴隷だった。
お母さんに一挙手一投足を監視されている。
お母さんの気に入らない仕草、言葉、行動、全て怒られる。
二人もまた、お母さんの一挙手一投足を見ている。
機嫌を損ねないよう、小さな心を萎縮させて。
そう考えると、隣の机を手際よく寄せ、4人がけのテーブルをスタンバイした機敏な動きも。
二人でおとなしく座っていたのも。
全てやらされていたこと。
二人はまるで、自分らしさから程多い人生を歩んでいる。
そんな状況だけど、お母さんに認めてもらうよう振る舞うしか、二人に選択肢はない。
子供は、生きていくためには何でもする。
そうするしかないから。
このようにして、幼少期において最初の分裂人格が形成されていくのだろう。
このように目に見える形でなくても、目に見えない形でも親から多くの悪影響を受け、分裂人格が形成されていくのだろう。
もちろん、親から良い影響も受けているだろうし、何より衣食住を与えてもらっている。
そこは感謝すべき点である。
それはそれ、これはこれ、である。
両親から受ける悪影響は、小さい時期であるほど覚えていないし、大人になってから適切な対処をするのが難しいと思う。
最初にもつれた糸のようだ。