潔癖(症)主な症状 - wiki

汚れなどを過剰に気にしたり、病気になることを過度に恐れ、細菌や病原菌など何らかの汚染を受けるのではないかと、日々恐れを抱き続けたり、不安で外出することができない場合などもある。

日常生活の中で汚れが過剰に気になり何度も手や体を洗わないと気がすまなかったり、ドアノブを触れられない、外出先のトイレの便座に座る事ができない、

それらに過剰な不安を抱きつづけてしまう。また、逆に汚れが付くことを極度に恐れるために、部屋を掃除できなかったり、風呂の汚れを気にして風呂に入らなくなり不衛生になる場合もある。

配偶者、または子供がいる場合には清潔でいることを強制されたりすることが多い。

また、自身が異常な行動を取っているという感覚はなく、菌や汚れに過剰反応しない他人の方が異常と感じる者が多い。



一言でいうと「病んでる」わけですね。

エアートイレは許すけど、靴のまま便座は許せない!

他人に迷惑かけない潔癖であれ!と言いたい。

日常生活において、完全に清潔って状態はないと思う。

綺麗にした瞬間から、汚れが始まる。

だったら、死ぬまで綺麗にし続けなくちゃならない。

何のために生まれてきたのか?と思う。



この瞬間も常に汚れつつあるけど、それを綺麗にすることは定期的でいい。

定期的でいいけど、さぼりすぎはダメ。

ほどよく掃除することが、バランスであり中庸。

これは真理だと思ってる。

神様が我々に教えてくれた、生きるヒントだと思ってる。

どこがどのくらい汚れているかを知り、時々掃除すること。

時々はスミっことか、窓とか、倉庫とか、目立たないところの掃除も大事。



自分の内面も同じように、どこがどのくらい汚れているかを知り、掃除すること。

時々は、目立たないところの掃除も大事。

部屋も内面も、行き詰まったらまず掃除。

行き詰まりの理由がわからない時は、目立たないスミっこも掃除してみる。

行き詰まった時、立ち止まってみることは大事。

ガムシャラに前に出ることだけが、能じゃない。

もっとも、出るべき時に出ないのは、能がない。

バランス、呼吸、タイミング、縁、勇気、瞬発力、行動力。

気づくか、気づかないか。

気づける人は、いつもアンテナ張って待ちかまえてる人。

気づかない人は、みんなが飛び乗ってもポカーンとしてる人。
いま歩いている この道は

自分で歩くと決めた道

自分が挑むと選んだ道

他の誰でもない 自分自身が歩く道



いま歩いている この道に

近道なんてない

ひたすら自分のペースで歩くことが

最も近い道

等身大で歩き続けることが

最も確かな道

自分らしく歩いて行くことが

最も楽しい旅



いま歩いている この道は

どこまでも どこまでも 果てしなく続く道

約束の場所を目指して 終わりのない旅

自分が歩く道だけど

いつも何かに守られて

決して一人ぼっちの旅じゃない




この道はいつか来た道

ああ そうだよ

あかしやの花が咲いてる
己(おのれ)達せんと欲(ほっ)して人を達せしむ

《「論語」雍也から》自分が目的を遂げようと思うときは、まず人を助けて目的を遂げさせる。

仁ある者は事を行うのに自他の区別をしないことをいう。

by 大辞泉



人に何かを教えよう、伝えようと思うと、まず自分をしっかりと見つめる作業が必要。

自分はどこまでわかっているのか、どこまでわかっていないのか。

腹の底まで落ちた、腹に据わった内容じゃなければ、教えても「うわべ」だけになる。

しっかり自分のものになった内容を、自分の言葉でわかりやすく伝える。

どういう風に教えれば最も伝わるか、しっかり相手を観察した上で伝える。

わかってない内容なら、下手に教えない方がいい。

わからないと伝えた方が、誠意ある対応だと思う。



そこまでやって、どれだけ伝わるか。

全部伝わる、期待以上に伝わるなんてことはないと思う。

それは教える側、伝える側の技量が足りていないから。

それを自覚していれば、あらゆる角度から伝える。

何度も伝える。

いろんなやり方で伝える。

どれかひとつビンゴ☆してくれたらと願いながら。



だから「教える」ってことは、「教わる」ってことなんだ。

そして「子育て」も、「親が子に育ててもらってる」ってことだと思う。

「教える」ことがしっかり身についてたら、絶対に上から目線になることはない。

教えさせていただく、何よりもそれは自分のためになる。

その気持ちはなくさないようにしたい。