己(おのれ)達せんと欲(ほっ)して人を達せしむ

《「論語」雍也から》自分が目的を遂げようと思うときは、まず人を助けて目的を遂げさせる。

仁ある者は事を行うのに自他の区別をしないことをいう。

by 大辞泉



人に何かを教えよう、伝えようと思うと、まず自分をしっかりと見つめる作業が必要。

自分はどこまでわかっているのか、どこまでわかっていないのか。

腹の底まで落ちた、腹に据わった内容じゃなければ、教えても「うわべ」だけになる。

しっかり自分のものになった内容を、自分の言葉でわかりやすく伝える。

どういう風に教えれば最も伝わるか、しっかり相手を観察した上で伝える。

わかってない内容なら、下手に教えない方がいい。

わからないと伝えた方が、誠意ある対応だと思う。



そこまでやって、どれだけ伝わるか。

全部伝わる、期待以上に伝わるなんてことはないと思う。

それは教える側、伝える側の技量が足りていないから。

それを自覚していれば、あらゆる角度から伝える。

何度も伝える。

いろんなやり方で伝える。

どれかひとつビンゴ☆してくれたらと願いながら。



だから「教える」ってことは、「教わる」ってことなんだ。

そして「子育て」も、「親が子に育ててもらってる」ってことだと思う。

「教える」ことがしっかり身についてたら、絶対に上から目線になることはない。

教えさせていただく、何よりもそれは自分のためになる。

その気持ちはなくさないようにしたい。