OLYMPUS PEN-EM
1965年に発売されたオリンパスペン-EM。
フイルムカメラ終焉期のコンパクトカメラではあたりまえのモーターによる自動巻き上げ、電子制御によるシャッター、オート露出ですが、このカメラが発売された当事から電子制御によるオート露出が各メーカーから採用されはじめました。
それ以前にもゼンマイによる自動巻上げのカメラはありましたが、モーターによる自動巻上げはこのカメラが最初です。
ただ、当事の技術でこの機能を実現するには無理があり、信頼性に欠け発売後6ヶ月で販売終了、またメーカーが回収、廃棄処分にしたためにほとんどカメラが残っていないようです。
モーターによる自動巻き上げのカメラが各メーカーから出てきたのはその後1980年代初めにかけてになりました。
欠陥商品といえばそうかもしれませんが、お手本になるカメラもない中での開発はかなり難航しただろうし、失敗作とはいえその後の技術革新には意味のあるカメラだと思うんです。
このカメラ修理を受けたときも動くようになったとしてもその後安定して使用できるか不安が残ることもあり修理不能で返却するつもりでしたが、カメラの不安定さも承知の上で出来る限り助けてほしいとの再度の依頼を受け修理することに。
ギア類も後期のカメラと違いすべて真鍮製、後期のものは樹脂ですが、これはこの当事の技術では樹脂だと耐久性、強度の問題があったからだと思います。
不具合は電池液漏れによる腐食のため全く動かない状態だったのですが、腐食したコード、電池切片の交換で動くようにはなったのですが、シャッター羽根が開かない。調べていくと回路基盤の電子部品の不良と判明、何とか合う部品を見つけて修理。
RICOH RICOHFLEXⅦ
1954年発売のリコーフレックスⅦ。
リコーのカメラだとゼンマイ巻上げのリコーオートハーフや現在だとGRシリーズの高画質デジタルカメラが代表作ですぐに思い浮かびますが、1950年代だとこのリコーフレックスシリーズがリコーの主力製品で低価格だったこともありかなり売れたカメラです。
当事の価格が¥8.300、1955年に¥6.800に。
当事の他メーカーの2眼レフの値段がミノルタコードが¥23.700、ヤシカフレックス¥20.000、ローライコードⅣ¥90.000。
このカメラは以前ジャンクで買った私物で、ヘリコイドが固着してピント合わせが出来ず、シャッター開かず、ファインダーもレンズも汚れとカビでファインダーを覗いてもまともに見えなくなっていました。
仕事が暇に一段落したので修理することに。
ボディー本体からレンズ前板とファインダーを外したところ。
ここまでで外したビスわずか8本シンプルです。
ボディ本体も板金、溶接のシンプルなもの。
シャッター。
大半の国産2眼レフのシャッターはセイコーかシチズン製のシャッターを使用していますが(同じスペックのものを社内開発、生産するよりも低コスト)、それよりももっと低コストにするために思いきりシンプルな自社開発のシャッターを使用。
シャッタースピードはB、1/25、1/50、1/100のみ。
ファイダースクリーンもオリジナルはコスト削減のため、スリガラスだけなのですが、暗くて、ピントが合わせずらいためにフレネルレンズを入れることにしました。
今日、修理を終え、テスト撮影してきたのですが、ほとんど手ぶれさせている気がする...












