岡田監督の情熱 | CSリレーションズ社長 増田恭章(ますだやすあき)のブログ

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大切に想っていること。素直に感じたこと。伝えたいこと。夢。を、ありのままに書いてます。

整備士の気づきSNSに共感したので


ブログにも転載します。


サッカーの岡田監督、大好きなんです。

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よ、よ、40億円!?5/6勝利に沸いた、人口15万人の街のJ2クラブ・FC今治。その裏で、人生を賭けて街と歩んできた、ある経営者がいた。元日本代表監督・岡田武史、その想いの原点に迫る。


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GW最終日、2026年5月6日。

四国・愛媛、アシックス里山スタジアム。


FC今治 1-0 高知ユナイテッドSC。

ホーム連敗を止める、貴重な勝利。


その試合会場、約40億円かけて建てられた、

本格的なJ1基準のスタジアム。


民設民営、親会社なし。


人口15万人の街に、

なぜ、これほどの施設が存在するのか。


その答えを握る人物がいる。


岡田武史さん、69歳。

1998年フランス、2010年南アフリカ──

2度のワールドカップで、日本代表を率いた、あの名将だ。


ただ、岡田さんは、大阪府の出身。

今治とは、もともと縁があったわけではない。


それでも、なぜ──


巨額の資金と、これからの人生を、今治に賭けたのか。


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🌱 サッカーに、救われた少年だった

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岡田さんは、1956年、大阪生まれ。


幼少期について、こう語っている。


「父は産婦人科医で、当直も多く、家にほとんどいなかった」

「母は、病弱で、たびたび入院していた」


「姉と二人、自分たちでなんとかするしかない環境で育った」

「遠足には、自分で握ったおにぎりと、缶詰を持って行きました」


そんな少年期を経て、

岡田さんは、こう振り返っている。


「サッカーと出合えたおかげで、

なんとか、まともな人間になれました」


サッカーに、救われた──。


その体験が、

岡田さんを、ずっと突き動かしてきた。


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⚽ 「主体性を持った日本人を育てたい」

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選手、監督として、日本サッカーの第一線で戦った後、

岡田さんは、ある問いに辿り着く。


「日本代表は力があるのに、

なぜ、ワールドカップで結果が出ないのか」


その答えは、こうだった。


「日本人選手は、言われたことはきっちりやるけど、

自分で判断できない」


ならば、子どもの頃から、

「自分で判断できる選手」を育てたい。


そんな構想を聞いて、

Jリーグの3クラブが「全権を任せる」と手を挙げた。


それでも、岡田さんは、断った。


「既存クラブだと、まず壊すのに、膨大なエネルギーが要る。

だったら、ゼロから作る方がいい」


そんな時、早稲田大学の同好会で

1年先輩だった井本雅之(いもと まさゆき)さんから、

四国リーグのクラブ「FC今治」の話を聞いた。


岡田さんが構想を電話で伝えると、

井本さんは、こう返してきた。


「面白いじゃん!ぜひやってみなよ。

ただ、株式の51%を取得してくれ」


そのクラブは、当時、苦しい経営状況にあった。


それでも、岡田さんは、自分のポケットマネーで、

株式を取得した。


2014年11月、四国リーグのクラブの、

オーナーに就任した。


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🔥 「集められなかったら、命でお詫びするしかない」

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今治に住み始めると、

岡田さんは、街にも目が向くようになる。


人の流れも、街並みも、

時代とともに、変わり続けていた。


岡田さんは、こう感じたという。


「このままでは、FC今治が成功しても、

見に来てくれる人がいなくなる」


岡田さんは、街そのものとともに、

歩んでいく決断をした。


2017年、JFL昇格。

2020年、J3昇格。


そして、本格的なスタジアム建設へ。


部下からの一言は、衝撃的だった。


「設計図も業者も決まってます。

あとは岡田さんが、40億集めるだけです!」


「ぶっ倒れそうだった」

「集められなかったら、命でお詫びするしかない」


それでも、岡田さんは、奔走した。


理念に共感した投資家から、自ら15億7000万円を集めた。

さらに、愛媛銀行など、地元金融機関から、約20億円を借り入れた。


そのさなかに、コロナ禍。

着工は延期、鋼材価格は高騰。


それでも、岡田さんは、退かなかった。


支えていたのは、ある理念だった。


「次世代のため、

物の豊かさより心の豊かさを大切にする

社会創りに貢献する」


そして2023年1月、

「今治里山スタジアム」がオープン。


国内では、企業主導で建てられた、

わずか3つ目のスタジアムとなった。


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🤝 そして、街が動き始めた

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岡田さんの密着番組を見た、

今治最大の企業「今治造船」が、支援に乗り出された。


「岡田さんがここまでやっているのに、

わしも何もせんわけにはいかんかな」


地元の方々の想いも、ともに動いていく。


「2023年版 住みたい田舎ベストランキング」では、

今治市が、該当部門の全世代でナンバーワンに。


2024年4月、岡田さんは67歳で、

今治の私立高校「FC今治高校 里山校」の学園長にも就任。


「教育でしか、世界は変えられない」

「残りの人生をかけて、やってみる価値がある」


そして2024年11月10日──


FC今治、ついにJ2昇格決定。

オーナー就任から、ちょうど10年。


長年、人前で涙を見せなかった岡田さんが、

ファン感謝イベントで、ある言葉を口にした瞬間、

初めて目に涙を浮かべたという。


「僕を信じて集まってくれた、

社員、スタッフ、そして信じて……」


そして昨日、2026年5月6日。


アシックス里山スタジアムは、

FC今治の勝利に、再び沸いていた。


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🔧 整備士のぼくが気づいたこと

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ぼくは、整備士だ。


岡田武史さんの物語で、

一番胸を打たれたのは、


「言われたことはやるけど、自分で判断できない」


──この一言だった。


岡田さんがFC今治で実践しているのは、

「自分で判断する環境」を、選手に渡すこと。


シーズン始まりのミーティングで、

監督が、こう告げて、部屋を出るのだという。


「シーズンの目標は、選手たちで決めてほしい」


ぼくにも、子どもがいる。


これからは、こう聞いてみたい。


「どう思う?一緒に考えようか」


基本は、しっかり伝える。

その先の判断は、子どもに任せる。


岡田さんの40億円も、

ぼくの仕事も、子育ても──


「自分で判断できる人を、次の世代に育てる」


そう思ったら、

日々の活動に、

確かな誇りが芽生えた気がした。


なんか、いいな。


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あなたが「次の世代に伝えていきたい」と、

思っているものは、何ですか?


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FC今治と岡田さんの挑戦を応援したい方は、

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岡田監督の情熱が本当にすごいよね。


1人から始まった情熱が皆んなを巻き込んでいく。


まさに一燈照隅 万燈照国だね。





整備士だというこの方のSNSオススメです♪





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