みっともないこと?
「自分はこう考えている」「こんなふうにがんばっている」などと、
口に出す必要はない。
むしろ、それはみっともないことだと考えるべきだろう。
ヒツジはどんな草を食べたか、吐き出して見せたりはしない。
ただ、食べたものを消化して乳を出すだけだ。
人もこれに学ぶべきである。
あえて簡素な暮らしや、
厳しさに耐えることを課し、
自分を鍛えているような場合も、
それを人に誇示することは控えたい。
ただ黙々とやればいいのである。
生き方についてどう考えているかという話になった場合も、
それを仰々しく言葉にする必要はない。
生き方はただ行動で示せばいいのだ。
これは食事のマナーなど、
ふだんの暮らしに関わることでも同様だ。
マナーはこうあるべきだなどと、
とうとうと述べるよりも、
あなた自身が正しいマナーで食べればいい。
そのほうがゆかしいし、ずっと説得力が増す。
『自分の人生に一番いい結果を出す幸福術―ヒルティの名著『幸福論』マル得生かし方』三笠書房
*****転載終了*****
ゆかしさは要らん!
説得力も不要だ!
みっともないだと?
大きなお世話だぞ、斎藤孝のくせに。
成功者からは縁遠いなぁ…
最近は勉強になる機会がほんとうに多い。
「町工場の成功」とは、
苦労の連続の生き方を見せる事なんだそうですね。
その生き方が人々から同情を得られ注目されるそうです。
私は成功なども注目を浴びる事などもしたくないので、
そこそこエエところでメシ食えて、
そこそこエエ乗り物に乗って、
新幹線はそこそこのグリーンの席に座って、
飛行機はそこそこのビジネスクラスくらいにして、
そこそこエエところに宿泊して、
もちろん講演させてもらえるなならそこそこ専門的な技術者講習。
もしTVに出させてもらうならそこそこの取り上げられ方。
https://www.youtube.com/watch?v=IypIpNwOZ_0
ボーナスもそこそこお払いできて、
と、そこそこくらいで良いか…と思っている。
そこそこでいいんだ!
そこそこで…。
では、なぜ?
「町工場の成功」が苦労の生き方になるのか??
それは、
本当に成功したら、
いわゆる「”町工場”から脱却した存在」になるからです。
なるほど…。
不言実行と有言実行と有言不実行
「不言実行」
つまり、何も語らず黙々と実行し目標を達成する。
これが日本人の美徳とされてきましたが、
「有言実行」
公明正大に宣言し、実行し目標を達成する。
昨今、この「有言実行」がもてはやされてきたように思います。
例えば、
ボクシングの村田諒太さんのように前々回のオリンピックでの手法。
他人様(ひとさま)には金メダル獲得を宣言し、
また、自宅の冷蔵庫にはこんな貼り紙をする。
「有言実行」を絵に描いたような成功例です。
あれから、4年以上が過ぎました。
「俺はミドル級で世界チャンピオン ありがとうございました」
と、しっかり書いているのでしょうか?
「有言実行」信者は、ポジティブな言葉で何でも実現できると過信しているフシがある。
例えば、トーナメントで100人のプレーヤーが競い合うとすれば、
100人全員が「有言実行」をしたくとも99人は優勝出来ない。
つまり、「有言実行」は一人しか達成できないって事。
いくら、神社でお札をもらっても、
ポジティブな言葉だけを使っても、
死に物狂いの勉強をしなければ、
難関校には合格できない。
つまり、必死の努力の裏づけがなければ、
絵に描いた餅ってことなんです。
私の知人に、
10年後の自社の目標として、
従業員数50人
年間売上高 10 億円
を目指しておる社長がおります。
残すところ後数年でその10年です。
あと30人と8億円ほど足りません。
「有言実行」とポジティブな言葉で実現できるのだ!と、
力強く断言しているのですから間違いございません。
私は、彼なら必ず出来るのでしょう。
ってか、本当に実現できれば土下座してお詫びします。
町工場は人と人の繋がりがすべて
「有言実行」ももちろん私的には有りなんですが、
とにかく足元をしっかり踏みしめて地道に確実に稼ぎましょう!














