クラウドファンディングと成功と違和感
冒頭から、古典的な使いまわしのアレですみません。
この数ヶ月、唐突に極論ばかり書いてすみませんでした。
流行してたクラウドファンディングに対する安易な風潮への違和感が私の根本にあり、
それを気に入らない方の私怨(?)からのブログ記事の削除要請があり、
いささか私も過敏になっておりました。
以下は一般論です。
”「利他」と称する寄付型のクラウドファンディング”と、
”自分の為の物乞い”と、
どこがどう違うの?
これって、まあ一見すれば暴論ですわ。
私だって予備知識無しで聞かされれば反感を持ちかねないです。
「何かをしたい!自分の敷地内で!!」
一時期、そういう傾向があちらこちらで見られました。
それなら、ご自身のお金ですべきだ。
「私にお金が無いだと?儲けているぜ!」
っていうのなら尚更に元々から自分の懐でその「利他」を実現すべきだ。
寄付型のクラウドファンディングで実現するなら、
お金には色は付いていないから、
つまり、ご自身の収入の一部か、
法人の営業外利益扱いになる。
つまり、年収の一部に回っている事になる。
”話題性”と”元手なしで何かしたい”を実現できる。
それでクラウドファンディングを使うってのは理解できる。
そこまでは私にも理解できるんです。
話題 = 宣伝 ですから、やったもの勝ちなんです。
とてもうまい方法です。
ただ、
「俺、クラウドファンディングで成功したぜ!」
ってのは明らかに違うんですよ。
その証拠に、
「成功談を聞かせてください」
と、大挙して聴講者が押し寄せるわけがない。
ほとんどの人が、
「???…それって、何か違わないか?」
と、口には出さないがそれに近い事を思う訳です。
だから、ポチポチと「いいね!」はしても行動までには移さない。
※これも仮説ですので否定は大いにしてくださいね。
さて、以下は個別の事案です。
私は、ウソは大嫌いなので正直に思った事を話しますが、
直言せずに冗談でツッコミを入れたりする人もいます。
直言よりもそっちの方が柔らかいかもしれません。
でも、「俺、気に入らん!」と削除したのはやりすぎなんですね。
そういった意見もあると呑み込むべきだったはずです。
絶対の正義なんてどこにもありませんからね。
嫌なら見なければ良い。
不愉快なら無視すれば良い。
気に入らん内容なら反面教師にすら出来る。
でも、、他人の口を塞ぐのは絶対によろしくありません。
「焚書をした者は必ず滅んでいる歴史的な事実がある事をお忘れなく。」
と、付け足しておきます。

