なぜ、承認欲求の強い経営者の企業財務がスカスカなのか?
マズローの言う”承認欲求”とは、
①生理的欲求、(何でも良いから仕事が欲しい)
②安全の欲求、(安定した経営状態にしたい)
③所属の欲求、(同業者会などで経営者の仲間に入りたい)
④承認の欲求、(自社と経営者を凄いと思われたい)
以上の順序を踏む事を前提としている。
ところが、リーマンショック後に顕著だったのだが、
①生理的欲求と②安全の欲求がヤバい経営水域の企業が、
一足飛ばしで④承認の欲求を盛んにやり始めた。
SNSの普及で③所属の欲求は簡単に満たせるようになったのもある。
それは、どん底からの復活(成功ではない)や、
マスコミ目線の貧乏枠や苦労枠での取り上げられ方、
苦労を乗り越える為の起爆剤と位置付けたイベントやプロジェクト。
本来なら、①生理的欲求と②安全の欲求が満たされていないのにも係らず、
④承認の欲求を求める事は出来ない。
ただ、この経営者たちの考え方は、
④承認の欲求を最大限にする事で、
①生理的欲求と②安全の欲求を満たしてゆくという手法。
周囲に「凄いなあ!」と思わせる事で自社宣伝し、
本業の売上に繋げようという考え方。
リーマンショック後の不景気の発想なのだから、
①生理的欲求と②安全の欲求が満たされていないのはまあ当然。
でも、④承認の欲求を満たす行動を繰り返しても、
一向に①生理的欲求と②安全の欲求が満たされてこない。
そういったケースが100%に近い割合を占める。
では、それ以外の儲かった所はどうしているかというと、
もちろん本当の意味での④承認の欲求を満たしている。(と対外的に正当な評価を受ける)
もしくは、こっそりとイチ抜けしている。
儲かっているのだからヘタに④承認の欲求を満たしても無意味どころか、
いろいろ出てくるであろう弊害を嫌うからだ。
リーマンショックから8年以上が経過した。
それが事実に基づく冷静に見た結果だ。
①生理的欲求と②安全の欲求を満たす為に、
日々もっともっと本分を全うすべきである。
「③所属の欲求に行くにはまだまだ足らんよ。」
私はそう自分に言い聞かせ続けて今日も働いています。
町工場は人と人の繋がりがすべて
不味労の「階層説」
人間には基本的欲求がある。
マズローは低次から、
①生理的欲求、
②安全の欲求、
③所属の欲求、
④承認の欲求、
⑤自己実現の欲求
の5段階に分類した。
まあ、⑤の自己実現の欲求なんて所にたどり着く事などまず出来ません。
禁欲的プロテスタントだとかパラノイア気質ならまだしも、
例えば京セラや任天堂とかのあの経営者様のように巨万の富を得なければ、
自己実現の欲求など満たすことなど出来ませんので、
一般人には⑤は除外です。
①②は食べたい・飲みたい・安全・安定など基本的な部分です。
町工場でならば、
「良いモノを作ってしっかりとお金を稼ぐ」
「お仕事で信用を得て企業活動が安定する」
といったところでしょう。
絶対必要な基礎の部分と言って良いでしょう。
さて、問題なのは、
④の承認欲求なのです。
③所属の欲求で仲間を作ったり同業者の会や異業種交流会で自己の確認をします。
その後、そういった人間関係などを足がかりに、
「私を見ろ!」「私を賞賛しろ!」
もっと!もっと!の④承認欲求が増えてきます。
逆に、賞賛しない者は悪者のように感じるようになるほどです。
私は、それは良い事だと思います。
ただし、”注目すべきもの”、”賞賛すべき功績”があるのならばです。
”注目すべきもの”、”賞賛すべき功績”が無い場合はダメだと思います。
①②の本業での儲けがスカスカの状態で、
④の承認欲求が強い人をお見受けする事があるのですが、
基本に戻って真面目にお金を稼ぐ事に注力された方が良いと思います。
私には③所属の欲求も④承認の欲求も遠い先の世界です。
まだまだ、①②の基本部分で四苦八苦の状態で、
本業での研鑽練磨と忍耐が必要だと思っています。
町工場は人と人の繋がりがすべて
