社会での立場と個人の資質
塚原夫妻の話題を見て思う事。
一流の外科医と世間で称される財前教授は、
立身出世を最優先に生きるという、
権威と立ち居地を優先の人生を送ってきた。
他人の立場など省みない傲慢さで突き進む。
ところが自身がガンに冒され、
その時になって出世よりも本来の名医としての立場が優先され、
自身の病状に対する謙虚で冷静な判断を、
(検査を依頼した)一時は不仲にまでなった親友の里見助教授と共に真摯に下す。
またその前に、最高の手術が出来るという人物という基準で、
天敵である東前教授に自身の手術を依頼もしている。
絶望的な診断に気付かぬフリをして最高の終末期の患者を演じ、
死ぬ間際の意識朦朧の時期には、
出世主義の権化である鵜飼部長を自身の病室から本能的に追い出し、
自身の没後は病理学の大河内教授に、
医学の発展の為にと献体の遺志を託す。
いやらしいほどの形振りかまわない出世の虫だった主人公が、
不治の病をきっかけに一流の医者及び研究者として本来の姿を取り戻す。
白い巨塔の原作者山崎豊子さんは、
出世と立場という人間の持つ欲という社会性と、
純然たる個人の資質というものを、
財前五郎という架空の人物を通じて描き出している。
さて、本題。
塚原夫妻の”抗議文”から一転しての不可解に見える”謝罪文”についてですが、
協会の幹部という優れた組織者でありながら、
また元一流選手(夫の方ですけど)だったという人物の、
選手側という立場を変えた物の見方だったように私は思います。
人間は知らないうちに、
権威やら何やらを見に纏い、
気付かぬうちにその立場を振りかざし傲慢な事を言ってたりするもんです。
ただ、一流の技術者でなく権威だけで生きてきた人は、
権威だけを頼り権力にしがみ付く分、
とても見苦しいもんだとそれまでの別件を見ていて私は思いました。
ボクシングとかアメフトとか…。
お呼び出し
先日は神奈川県の日産自動車での展示会でした。
その会期中なんですが、
いつもお仕事をさせていただいております大手メーカー様に、
「近くまで来たついでに見てもらいたいものがあるのでちょっとこっちまで来いや♡」
とお誘いいただきましてちょい抜けで行ってまいりました。
クレームは覚悟して行ったのですが、
ウチが製作した品物の評価と言うか、
光を入れたときの評価が思い通りのものが出来ているとのお褒めの言葉を頂戴し、
また、別の打ち合わせをしていた技術部長クラス何とかっていう肩書きの方が、
私を見つけるなり、
「いやーサークルさん、来られてたんですねぇ」
と、いつもの品質をお褒めいただいて握手までしていただきました。
鳥肌もんですわ、ホンマ。
日産自動車との往復のタクシー代6000円なんて安いもんです。
ニッチ産業の零細企業にとっては、
大企業の開発者様とのタテの繋がりって本当にありがたいんです。
町工場は人と人の繋がりがすべて
9月だよ!全員集合!!
まあ、9月でございます。
第二四半期末と申しますか?半期最終月と言いますか?
とにかく9月なんです。
予定表の額はすでにええ感じで黒字確保程度には入っておりますが、
焦眉の急は山積したお見積。
オールスターキャストのごとく大メーカー様・有名企業様からの案件が積まれております。
とにかく頑張って今日中にやっちゃいます。
お待たせして、ほんますみません。
ともかく、多数のタテの繋がりに感謝♪(←その音符はヤメい!)
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