「嫌なら出るな」は超正論!川原のダンボールハウス住人が、テレビ出演後に“被害者ぶる”謎。
世の中はコツコツ努力して
「ちょっとでも良い家に住みたい」
「ちょっとでも美味いもん食べたい」って頑張るものだと私は思っています。
なのに、日曜の深夜枠のテレビなんかでいませんか?
川原のダンボールハウスに住んでる人
タダ同然の残飯や野草で料理してる人
これだけなら「変わった人だな」で終わりですが、
タチが悪いのはここから。
テレビ取材が来ると、
なぜか「ドヤ顔(得意げ)」でサバイバル術を語る。
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当然、番組側からは「上から目線で小馬鹿にした感じ」で放送される。
↓
すると一転、「誹謗中傷された…」と被害者マインドで同情を誘う。
……いやいや。 「嫌なら最初からテレビに出るなよ!」って思いません?
完全に自業自得、当然の結果です。
しかも苦労枠やら不幸枠の類でご本人も堂々と胸を張れるような内容でもない。
なぜ彼らは、こんなコントみたいな矛盾した行動をとってしまうのか?
理由はシンプルに3つです。
① 歪んだプロ意識(謎のドヤ感)
客観的に見ればただの困窮生活なのに、
本人の中では「お金をかけずに生き抜く俺、クリエイティブで天才!」と脳内変換されています。
「あくせく働いて高い家賃払ってる現代人より、俺の方が賢い」と本気でマウンティングしたくて、
カメラの前でドヤってしまうわけです。
② テレビの「見世物小屋」システム
テレビ局が彼らを取材するのは、応援したいからじゃありません。
「世の中にはこんな変な暮らし(底辺)の人がいるよ、みんな見て安心(優越感)してね!」
というエンタメ(見世物)にするためです。
それを「俺、注目されてる!」と勘違いして、
おバカな放送材料を自ら進んで提供しちゃうのが彼らです。
③ 都合が良すぎる「被害者反転」
「注目されたい!でもバカにされるのは嫌!」という、究極の甘えです。
自分の見通しの甘さで大恥をかいたのに、
それを認めちゃうとプライドが死ぬので、
「悪いのはメディアと、叩いてくる世間だ!」と被害者にすり替えて、
同情という名の「最後の承認欲求」を満たそうとします。
結論:リスクを背負えないなら、出るな。
「注目されるメリット」だけつまみ食いして、
「批判されるリスク」からは逃げる。
これって大人のやることじゃないですよね。
地道に努力して生活を良くしている人から見れば、
ただの「自己責任の放棄」です。
ネットもテレビも同じ。
自分の行動が招く結果に責任が持てないなら、最初から「出ないこと」。
これが、自分の身を守るための最低限の知恵ですね!
以上「Gemini君 グッジョブ!」ってお話しでした。
