ゼレンスキー大統領の国会演説が実現したその意味とは?
戦前の日本のおはなし。
昭和の初めに”おらが総理”と呼ばれた田中義一の元に、
とある東ヨーロッパの小国の外交官が訪ねてきた。
日本とは関係のない東ヨーロッパの隣国事情を延々と説明してきた。
あまりにも退屈な話に嫌気が指して、
「この男、ばっかじゃなかろうか」
と日本語で日本人通訳に言ってたらしい。
当時すでに一等国であった日本国の総理大臣がなんです。
ヨーロッパの諸国には日本人には理解しがたい複雑な国と国との上下関係がある。
東ヨーロッパの一小国が自分で何か決めても国際的に相手にされない立場だったりする。
強国や大国、昔で言う列強の承認が必要なのだ。
小国の立場がいかに弱いものか?
ミュンヘン会議とズデーテン地方の割譲を見ればよくわかるが、
イギリスとドイツ(ナチス・ドイツ)で話を付けたのであって、
当のチェコスロバキアがドイツの交渉相手では無かった。
上記の田中義一に国情を説明をした東ヨーロッパの外交官は、
日本の総理大臣に何を求めていたのか?
それは自国に何かあった時は、
「列強の一国である日本を頼りますのでよろしくお取り計らいを!」
という意味なのです。
その辺はよく理解しているアメリカやヨーロッパの強国は、
上記のミュンヘン会議やら何やにすぐ顔を出す。
「チェコスロバキアの割譲?はあ??知らんがな!」
とは言わない。
日本だってポーツマス条約締結にはアメリカにお世話になっている。
でも、どういうわけか日本には世界を動かしているという当事者意識が無い。
それは列強の一国でもあり日清・日露から第一次大戦の戦勝国になった後も変わらない。
さて、ゼレンスキー大統領がイギリスやアメリカと並んでに日本の国会で演説をするというのは、
ロシア-中国のラインに対するG7の一国であり世界第三位の経済大国日本への期待。
そういう深い意味がある。
またそれを受け入れた日本国は田中義一の時代より少しは進歩したのかも?
ゼレンスキー大統領が何を言ったとか、
それを聞いて誰々が何を言ったのかとか、
そういう言葉尻を捕らえるのは不要なんです。
さて、国会議員さんはその意味をどこまで理解出来たのかな?
