縁を大事にするとは縁を無碍にする事と同根? | サークルさんのブログ

縁を大事にするとは縁を無碍にする事と同根?

小才は、縁に出合って縁に気づかず

 

中才は、縁に気づいて縁を生かさず

 

大才は、袖すり合った縁をも生かす


らしいですね。

 


柳生宗矩のお言葉だとか。


 


小才は、不要な縁を数多く持って安心し

 

中才は、気づけば縁を生かせている  

 

大才は、無駄な縁は無碍に切り捨てる

 

 

これが現実の姿なのでしょうか?



 

…知らんけど。

 


とある儲けていらっしゃる町工場が展示会出展中のブースにて、


ある不要な縁を数多く持って喜んでおられるようなちょっとした著名な人物から、

 

「あなたのような凄い会社は是非ウチの会にご入会ください」

 

『その会に入会して本当に儲かるのならすぐにでも入りますよ』

 

と、無碍に無慈悲にも瞬殺。

 

私はそのお話しを伺った時にはもうシビれましたね。

 

ただ群れたって商売には繋がらないと先刻ご存知。

 

大事なのは自己(自社)の研鑽。

 

そこに不安があり、また安心したいから群れたがる。

 

これって人間の深層心理として私だって理解出来ます。 

 

最近、友人・知人からよく言われる話なんですが、

 

「アカン系の逆張りだけではダメですよ。」

 

ある程度まではアカン系のやりそうな事を外せば何とかなる。

 

でも、その先の上の上に居るような人はなかなかそのお姿を見せてはいただけません。

 

なのでその縁に触れる事すら難しい。


ホンマに難しい。

 

縁はやはり縁のもので自分で好きな時にどうにか出来るものではありません。


まあ、自己の研鑽を続けるしかない訳ですけどね。 

 

町工場は人と人の繋がりがすべて