子供の頃から刷り込まれた思い込み
子供の頃なんですが、
「本を書けるような人物は偉い」と思っていました。
書けるどころか、
実際に死んでからも伝記を書いてもらえるような人物は相当偉い人。
また、後世に伝えるに値する人物。
だから、「自伝を書く」というのは伝記の下のランクです。
その自伝でさえも、
「いやいやいやいや…、そうおっしゃるならば…」
と、周りから推されて書く場合と、
「俺は凄い!俺は偉い!俺が!俺が!俺様が!」
と、自分から持ち込みの場合とがあるのは確かなようです。
私はもうほとんど読書をしなくなりました。
若い頃は暇さえあれば原理原則の書かれたようなカタい本を読んでいましたが、
最近では経営者の書かれた本を「書く側目線」でたまに読んでいます。
出版に関して昔は、
「あなたは凄い人物だから、是非とも皆さんに向けて書いてください」
だったのだろうが、
今では、
半ば自己や自社の宣伝の手段として上梓される事が増えたのだと思う。
出版不況だからだろうか?
それとも 「オイラの人生一丁上がり!」 ってノリなのだろうか?
なので、一方的に自己PRの内容になるのは当然なのだが、
とくに経営者の書かれている本の場合、
いくら良い内容を書いていても経営状態が火の車だとすると、
これ信じて良いものだろうか?との疑念を持ってしまいます。
何しか経営する者ですから、経営状態の裏付けは必要ですね。
ですが、成功しているからこそ本を出しているという思い込みで読んでいる人も多数いて、
特に吸収力の盛んな若い人にその傾向は多いようです。
で、調べてみると意外な事に経営状態が苦しいのが内情だったりする事がある。
それもかなりの激アツ高確率でです。
でも、本の購入者達のレビューなんかでは、
「素晴らしい内容」だとか「〇回泣きました」とかの羅列だったりします。
つまり、
「本を書けるような人物は偉い」
と言うただの思い込みが抜けていないだけなんでしょうかね。
あまり言いたくなかったのですが、
もうどうせもう嫌われついでです。
50歳とか60歳過ぎていて、
特に経営手法の本であるとかセミナーであるとか、
そういうので勉強している場合じゃないと思っています。
生まれてから40歳代まであなたは一体何を勉強していたの?
50歳60歳過ぎていたら勉強している側じゃ無いだろ?
その年齢になれば教える側の人も数多く存在するのだ。
しかもその大半の内情が危うかったりする…。
「セミナーや本は買う側じゃなくて、出す側でしょ、竜二さん?」
50歳過ぎたらこれまでに勉強した事の応用をするしか無いやん。
知識と経験は他人様にお話出来るほど頭の引き出しにぎっしり詰まっているはず。
なので、今までの進路を修正しながら舵取りするしかないと私は思います。
町工場は人と人の繋がりがすべて
