サイレンが止まり、周りが明るくなった。
「病院到着しました。後ろ今開けますので、抱っこをして降りてください。
お母さんの荷物は私たちが運びます」
三男と降りると、すごく広くキレイな処置室で驚く。
「お母さん、こちらに寝かせてあげてください」
寝かせている間に救急隊の方が今までの状況、飲んでいる薬、私が痙攣したことがある、などなど、様々な情報を引継ぎしてくれていた。
私も看護師さんや先生と話を終えると
「では、お母さんは一旦待合室で待っていてください」
ここで救急隊の方とはお別れになる。
「お母さん、我々はここで」
「どうもありがとうございました」
「どうぞお大事にしてください」
こんな時間に、満足な状況説明もできなかったのに、的確に状況把握をして引継ぎをしてくれる。
なんてありがたいんだ。
三男を残し、待合室へ。
救急の待合は私1人だけだった。
新しくなった病院に来るのは、今回が初めてだった。
これが病院見学会とか、病院まつりだったら楽しんで過ごせるのに、それどころではないのだ。
今のうちに連絡しなくてはと、家に電話すると父が出た。
「お前、どこに受け入れてもらったんだ!?」
なかなか走り出さず、おまけにサイレンも鳴らさずに出発した救急車を心配をしていたらしい。
「今、市立にいるよ。処置の間、待合にいるように言われて」
「市立だな。終わったら迎えに行くから、電話をくれ」
間もなく中に案内され、点滴をして大人しく目を開けている三男がいた。
「熱性けいれんかと思います。しばらく、こうして様子を見ながら検査結果が揃うのを待ちますね。熱が上がってそんなに時間が経っていないので、微妙なところではありますが、とりあえずインフルエンザの検査をしました。こちらは陰性でした」
「ありがとうございます」
「点滴を入れながら様子をみましょう。痙攣をまた起こしたりしたら別ですが、この点滴が終わりましたら、一旦お家に戻って大丈夫です。明日…というか、もう今日ですね。今日の朝一に、かかりつけの先生に必ず診てもらってください」
「わかりました」
点滴時間2時間と点滴の袋にシールが貼られていた。
長いな…と思いながら、ウトウトし始める三男を撫で寝かしつける。
「ママ、ねむい」
「寝ていいんだよ。お薬入れてもらっているから、今、楽ちんになるよ」
しばらくするとイビキをかきながら寝始めた。
鼻が苦しいのかもしれない。
点滴が半分まで来た頃、先生が検査結果を持ってやってきた。
「ウィルス性のものを調べる検査をしましたが、どれも陰性でした。血液検査も、気になる数値はなく、平常値ですね。お家で過ごして大丈夫ですので、残りの点滴が終わるまで待っててください」
「ありがとうございます」
私も寝不足で船を漕ぎながらイスに座っていた。
「お母さん、こちら今日病院に行くときに必ず先生に渡してくださいね」
かかりつけ医宛に書かれた封筒を渡される。
「検査結果と、こちらで行った処置が書かれています」
「ありがとうございます。分かりました」
「あと、この受付票は緊急外来受付に渡してください。お会計できますので」
こんな時間なのにお会計できるなんてすごい!
改めて来なくていいとは、助かる。
残りの点滴も全て落ち、看護師さんが2人来た。
「寝たままで帰れたらいいんだけどなぁ…起きちゃうかな」
心電図などの機械を外しているうちに目を開けた。
「いやいやいや〜!!ママ〜どこいった!!」
「ここ!ここにいます!」
「なんなんなんなんな〜!!」
いつもの三男語で怒り出した。
「点滴取るからね~手を見せてね」
三男がぐるぐる巻の手を出す。
包帯が外れていくのを見て
「ダメダメ!つーけーて!!」
なぜつけたままにしたい?
点滴と反対側の手を私が押えたまま針を抜くときだった。思い切り三男が暴れ結構な量の血が出てしまう
「ここ、ここを押さえて!」
「代わるわ!」
華奢な看護師さんなのに、ガッと暴れる三男を片手で押さえながら処置を進める。
再びぐるぐる巻になった左手を見て満足そうな三男。
「ありがとうございました」
「お大事にしてください。では、帰り道ご案内します」
受付でお会計を済ませる。
救急車で搬送、順番待ち無しで処置、検査をしてもらったのに、この値段で済むって…もうありがたいというより、申し訳ない気持ちになった。
「ママ、きゅうきゅうしゃでかえろう」
「ちがいます。帰りは、じいちゃんの車だよ」
「じいちゃん、いない。ちがうちがう。きゅうきゅうしゃ!!」
「ママ、じいちゃんに今から電話するね」
電話をするとすぐに出た。
「今、お会計終わって救急受付で待たせてもらってるとこ」
「分かった。迎えに行くからそこにいなさい」
ちがうちがうと、言いながらウロウロする三男。
「三男、喉乾いたでしょ?ジュース飲もう。ママ、自動販売機で買ってあげる」
「え!じどうはんばいき?ほしいほしい!」
目の前の自動販売機に歩いていく。
残念なことに、三男が飲めそうな飲み物は、りんごジュースだけだった。
「そうだよね…救急で来てさ、待ってる家族向けだよね…」
コーヒーやカロリーメイト、経口補水液ばかりの自販機。
お金を入れさせ、りんごジュースを押す。
「やったー!」
「ママも眠いから、コーヒー飲もうかな」
時刻は朝の5時。
モーニングコーヒーなんてオシャレなもんじゃない。
この後、長男と次男は幼稚園バスに乗せ、三男をかかりつけの病院に連れて行かなくてはいけない。
眠気防止のための切実なコーヒー。
「あぁ。キツイ…」
携帯のバイブ音に三男が先に気付き、
「ママ、スマホ。スマホ」
と教えてくれた。
「もしもし?今、救急外来近くの駐車場探してたんだけど見つけられないんだよ。正面玄関のロータリーまで来れるか?」
新しくなって初めてなのは父も一緒。
駐車場を見つけられず迷子だった。
受付に行き
「すみません。私、新しくなってから初めて来たので分からなくて。
父が正面玄関のロータリー?に車を止めたのですが、ここからどのように行けばいいですか?」
「あー。そうですよね…構造変わってしまって…えぇっと、この時間ロータリーに出られないんですよ」
三男を見て、この子を抱いて遠回りは酷だと思ってくれたのだろうか
「救急外来の玄関出てすぐに警備窓口があります。
そちらに今のお話をもう一回してもらえますか?
開けてもらえると思います」
「ありがとうございます」
警備窓口に事情を説明する。
たくさんのモニターから、父の車を確認する。
「あ、こちらの車かな?はい。確かに来てますね。
分かりました。開けます」
「ありがとうございます」
警備員さんの後ろを歩き、セキュリティを外してもらい正面玄関を通過。
「大変お手数おかけしました。どうもありがとうございます」
「お大事にしてください」
車に近づくと父が出てきた。
「開けてもらったのか?」
「夜は閉めてるんだってさ。車の確認後セキュリティ外して、ここまで連れてきてもらった」
「工事中のとこもあって、全然分からなかったんだよ。とりあえず帰れて良かったな」
「今日、かかりつけに必ず朝一で受診だってさ」
「何もしてもらえなかったのか?」
「いや、検査とか点滴も色々やってもらった」
三男を見ると、車を不満そうに見ている。
「くるま、のらない」
「乗ろうよ!」
「きゅうきゅうしゃは?」
「あれは、具合の悪い人が、どうしても困ってしまった時にしか乗れないの。さっきは、ママたち本当に困ってしまったから来てくれたの」
「なんなんなんなんなー!!」
抱っこをして無理やりチャイルドシートに座らせる。
「きゅうきゅうしゃ、のりたかった」
グズグズと泣き出す。
「ママはもう…本当にもう乗りたくないよ?」
「やだ!」
「乗らないほうが、いいことなんだ」
伝わりにくいだろうなぁ…。
我が家にはトミカの救急車が無い。
子どもたちが欲しがっても、母がイヤだと言って買わないし、買わせない(笑)
母にとって、私が2回も救急車で運ばれたことはトラウマであり、オモチャでも目に入るのが嫌なんだろうと思う。
自宅に着くと、母が洗濯機を回したりとすでに活動していた。
「もう!救急車はなかなか出発しないし、サイレン鳴らさずに行ってしまうし!心配で心配で寝られなかったのよ、私は!!」
「俺だって心配してたよ?!」
「あなたは、すぐに寝たじゃない!」
当たり前だが、寝た父は悪くない。
「長男次男は、起きずに寝ていたよ。早くあんたも少し寝てな」
この騒動が二人にとっては無かったことになっている。
見ていたら、二人もびっくりしただろう。
2時間後に起床。
慌てて子どもたちの準備をする。
「ママ、三男の手、ぐるぐる巻だよ」
長男がまだ寝ている三男の手に気付く。
「夜にね、具合悪くなって救急車で病院に行ってきたんだ。疲れているから寝せておいてね」
「救急車!?うちに来たの?ママも乗ったの?!」
「うちに来てくれたの。ママも一緒に乗ったよ」
「僕、見たかったのに。あー、なんで起こしてくれなかったの?」
正直な感想だ。
「一応ばあちゃんは、長男に声かけてたんだけど、寝たままだったんだよ」
父が出勤し、長男と次男をバスに乗せ、出勤時刻を遅らせてくれた母の車に乗って、いざかかりつけ医へ。
母が既に病院へ連絡をしていてくれたためなのだろうか、いつも診察室から出ること無い先生が受付と診察室を行ったり来たりしながら、「念のため点滴の準備をしておくように」など看護師さんに声をかけながらスタンバイしてくれていた。
「お母さん、大変だったね。今は三男君落ち着いてるのかな?」
「はい。今は熱もなくて落ち着いています。
これ、救命の先生から渡すように言われた手紙です」
「では、先生来るまでこの部屋で待っててね」
間もなく呼ばれ、まずは再びインフルエンザと追加でコロナの検査。
陰性の確認が出来たあと、診察室へ。
一通りの診察を終え、熱性けいれんということで落ち着いた。
「咳がひどいから、吸入をしてから帰りましょう」
吸入を終えると看護師さんが
「お母さん、帰りは車かな?運転大丈夫?ほとんど寝ていないよね?」
「帰りはタクシーです」
「あ~!よかった。タクシーなら安全だ。寝不足で運転して、この後何かあったらどうしようかと思ったの」
本当にそうだよね。タクシー高いとか言っていられないよ。
もとから自分の車を持っていないので、どちらにしてもタクシーだったんだけどね。
その後、週末挟み3日ほど家でゆっくり過ごし、幼稚園へ登園。
が、幼稚園で風邪が大流行中で、再び風邪をぶり返すという…。
そして長男・次男へとうつり、最後は私に。
この病気の負のループ、どうやって抜けたらいいんだ?