参照元:eternalfrost21さんのYouTubeチャンネルより
ウィンザー・マッケイ 恐竜ガーティ
アニメーションの産業化としての始まりとして、ウィンザー・マッケイ【Winsor McCay(1871-1934)】を取り上げたいと思います。ウィンザー・マッケイは、アメリカ合衆国のアニメーション作家・監督、そして漫画家として大活躍されていた人物です。私は大学時代にウィンザー・マッケイによるドローウィングアニメーション『恐竜ガーティ』に影響を受け、手描きによるアニメーション制作をおこなうことに魅力を感じました。アニメーションの先駆者であるエミール・レイノーによるテアトル・オプティークを用いた上映以後、ドローウィングアニメーションによって作品を生み出したアニメーション映画の創始者として知られております。
ウィンザー・マッケイの魅力
ウィンザー・マッケイの魅力は、『恐竜ガーティ』(1914年)でわかるように、何千コマとなるアニメーションをウィンザー・マッケイ自身が手描きによって制作したことです。1930年代のウォルト・ディズニーのアニメーションが誕生する以前に、ウィンザー・マッケイは既に繊密でなめらかに動く、ユニークとファンタジーあふれるアニメーション作品及びキャラクターを生み出していたのです。
ウィンザー・マッケイの魅力はドローウィングとしての技術だけではありません。たとえば、『恐竜ガーティ』では最後に自身を恐竜にのせてエンディングを表現したり、また、自身のアニメーションによる講義をおこない、その後に人々の前で絵を描いてみせ、実際にアニメーション映画を目の前で上映することで、自分の手からアニメーションのキャラクターが生まれる過程とその様子を披露していたこともあります。
ウィンザー・マッケイは、アニメーションを制作する以前、地元のサーカス団の巡業に加わり、サーカス団に関連するポスター絵画や広告などの看板を描く仕事をしていました。その後、見世物小屋でイラストを描いています。ウィンザー・マッケイの有名な作品として、ニューヨーク・ヘラルド紙で連載された漫画作品『夢の国のリトル・ニモ』 (1905年-1911年)と、アニメーション映画『恐竜ガーティ』【Gertie the Dinosaur(1914年)】があります。これらのユニークでファンタジーな世界観は、アニメーションを制作する以前のサーカス団のイラストや見世物小屋での働きが写し出されているようにも感じます。
ウィンザー・マッケイは、『恐竜ガーティ』後も、アニメーションやマンガの制作を続け、漫画『チーズトーストの悪夢』を原作としたアニメーションを手がけながら、第一次世界大戦へのアメリカ合衆国参戦を鼓舞するメッセージが込められていたアニメーションの制作もしていた。