私は、枯れ木も山の賑わいということわざに
なんだか趣を感じます。
枯れている木や葉っぱも、
あの大きな美しい紅葉の一部であるということ。
すなわち、派手で華やかでなく
質素で地味なものであっても、
美しい山々の紅葉の一部なのであり、
華やかさをより引き立たせるための
枯れ木なのだということ。
そこに私は魅力を感じるのです。
ただ、枯れ木「も」山の賑わいというのは、
どうしても山が主体であって
枯れ木はおまけのように感じます。
私にとっては、枯れ木や葉のように
質素なものほど魅力を感じますので、
枯れ木「は」山の賑わいと思っていたいです。
そして民俗学という学問もまた、
栄えた歴史ではなく民間伝承を重視した
民間による事実を受け継いだ
質素な歴史学だと思うのです。
そしてそう思えたとき、
コーンスープよりもみそ汁が好きな自分を
なんとなく認められる気がしました。