今日も、犬とベッドシェア -182ページ目

今日も、犬とベッドシェア

おじいちゃんのパピヨンさんと暮らす、ソロ活&おひとり様人生エンジョイ中な私の雑記帳
不定期更新&長い記事多めです

当事者が良く使う言葉に「定型」という言葉がある。


とりあえず問いたい…何をもって「定型」とするのでしょうか?人の発達には「見本」でもあるのですか?仮に「見本」があるとすればそれから外れることはいけないことでしょうか?


私…みかんでもロボットでもない、人間なんですが。


個人的に発達障害でない人を「定型」と呼ぶのなら、その対義語として「定形外発達」とか「発達マイノリティー」といった表現にしてほしいと密かに考えている。


発達障害とは極端な能力格差社会 現象が起こっている状態なんですが…「能力格差は程度の差こそあれ、誰にでもあるものだ」というのを私はこのブログで何度も主張してるし、おばぁちゃまからも何度も言われている、そのように主張してる専門家もいる(こういう人ってテレビには絶対出ないから世間に広まらない)。


結局のところ…何が言いたいのかというと


「普通」ってなんですか?


今日遊びに行ったここ に置いてあった本(タイトル忘れたけど薄い本)の1冊は定型発達の事を「多数派」と呼んでいた…この表現は非常に的確だと思う。


私は診断される前から「みんなそれぞれ違っていて、T・Tomokoさんだけが違うわけではない」と散々言われ続けてきたので、実際に結果を聞かされた時 もそこまで悲観することもなかったし、結果を受け入れられないという事もなかった。


自閉傾向でも、注意欠陥障害があっても「私は私であることに変わりない」のだと…自身の特性を「自分の持ち味」に変えていくことができれば、きっと今より生きやすくなると思っている。


発言などから時々、本当に30歳なのか?と疑われることがありますが…正真正銘の1982年生まれですので、信じてください。


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私の生きる道、生きてきた道。


私の生きる道、生きてきた道。

今日もお話ししてきました。

今日のメインテーマは

「自分の事をどこまでオープンにしていいのか?」

先日「自閉傾向の注意欠陥障害 」だと言われた事を報告したところ、それを聞いてどう思った?って聞かれたので「自閉度が自分が思っていたより低かった事、ここだけの話アスペルガーも併発していると思っていたのでそれが不安だった」と話しました。


「13日にもらった検査の結果が要約され過ぎている ので、具体的な数値とか、もっと詳細なやつが欲しい」と話したら、渋られてしまった…あと、あまり詳細な検査結果を公開するのはダメだと言われてしまった。


どうも、本人に「詳細な結果を教えるな」とどこかからお達しが来ているらしい。


特に最近は結果だけでなく、検査内容やどのような問題が出るかまでを公開してしまい、記憶力の良い人は問題を覚えてきたり、事前に練習してくる人が増えているようで結果に影響を及ぼしているそうだ。


それと、こういう結果も個人情報にあたるから身内の人とかに見せるのは良いけど、ネット上に公開するのは良くないと言われました。


どうしてそこまで公開するの?と聞かれたのですが、それと言った理由は無くただ「こういう人もいるんだ」という事を発信したいだけ、メディアや一部の専門家が発達障害を「特異なもの」として面白おかしく取り上げているのが気に入らない。


発達障害はもっと身近なもので、決して特別な事では無い


ということを主張したいだけなんだと…力説してきたけど、どうも届かなかったようです。


結果の詳細が手元にあるのにそれを見せてもらえないのは非常にもどかしい…というか、自分の事なのに自分が見られないことに憤りを感じる。


どうして自分の事なのに教えてもらえないのか?「知る権利」を行使しても良いと思った。


結果の詳細については原文を書いた人に相談してみると言われましたが、絶対に「ブログやネットの掲示板にアップロードや書き込みをしない事」という約束をさせられてしまいました。


先週から引きずっているこの記事 ですが…「資格が違うので受けてきた教育が違うから」という意見でした。


しかもまさかの逆質問…「T・Tomokoさんが泣いている時に、私も一緒に泣いていたら嫌でしょう?」と言われてしまいました。


言われてみたら確かにちょっと引いてしまうかもしれないな。


ここ数日の強風で花粉にやられてしまい、今日は涙が出てしまったのですが(泣いていたわけではない)彼女も花粉症なので「花粉症でしか涙を流せないんですよね」と言ったら「そんなことはない」としっかりと反論されてしまいました。


今日は比較的真面目な内容のお話をしてきました、いつも真面目だけど。


明日、出没します 17時頃まで滞在予定です…。



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私の生きる道、生きてきた道。


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先日書いた、この記事 とかこの記事こんな記事 の続き的な記事です。


どうも、聞いた相手が違ったかもしれない…確かにカウンセリングではあるが「業態が違う」ことに気が付いた。


テレビに出ていた人は「自身が経営するカフェ」であるのに対して、私は「病院」で"治療"の一環として受けている。


なにより違うのは一緒に泣いて抱擁した人は「NPO法人 「ライフカウンセリングサービス」認定カウンセラー」という肩書を持つのに対して…○○先生も今、一緒にお話ししてる彼女も「臨床心理士」じゃないですか、ある意味医者になるより面倒なのにイマイチ社会的に評価されていない(もっと正当に評価されるべきだと思う)けど、彼らの存在は精神科においてなくてはならない…と個人的には思っている。


この2者の肩書の間には「決定的に違う何か」があると思う…具体的には説明できないけど。


一見、同じような事をしているように見えても実は全然違うってことはよくあることで、○○先生も今の彼女も「自身で相談室を開業することはある」かもしれないけど、カフェと兼業することは絶対にあり得ないと思う…ましてや電話や手紙でのやりとりなんて絶対にしないだろう、あくまでも「面接」にこだわっている気がする。


先週も「お茶くらい出してくれても…」と口にしてしまったけど、この場にお茶やお菓子があったらそれは治療では無く緊張感の無い「雑談」になってしまうと言っていた。


まぁ、基本病院内は飲食禁止なところが多いから…と言いつつ、ウォーターサーバー(大抵、水はいつも空っぽ)が置いてあることに矛盾を感じる。


「困っている事や悩んでいることを話しにくる」のにお茶やお菓子があると緊張感がなくなってダルダルな雰囲気になってしまうのでよろしくないという意見でした。


そういえば、女性相談センター に行った時もお茶とか出なかったな。


涙のしずくをこぼさないのも、ちゃんとした理由があって「相談に来た人と一緒に泣いたら意味が無い」と言っていた。


感情や表情が無いわけではなく「それを極力表に出さないように訓練を受けている」のかもしれません、思えば今の病院に出戻って去年の6月から一緒にお話ししてるけど、彼女は私が上手くまとめられない「自分の気持ち」をさりげなく言葉にして引き出してくれているような気がする…それも、共感しつつ客観的に。


私は文章化するのは比較的得意だけど、話すのがちょっと苦手なので辛い時もあるけどやっと本音が出せるようになって来た。


結局のところ…何が言いたいのかというと、彼らは


「泣かないのではなく"泣いてはいけない"のです」


私も人にダメ出しするほど、文章表現上手くないな…。


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