今日も、犬とベッドシェア -174ページ目

今日も、犬とベッドシェア

おじいちゃんのパピヨンさんと暮らす、ソロ活&おひとり様人生エンジョイ中な私の雑記帳
不定期更新&長い記事多めです

先々代の主治医から今の病院に戻るとき「あなたの”問題”は自分と向き合わないと一生解決できない」と言われた。


問題?病気じゃないの?思えば10年前の私は確かに「うつ状態」で、当時どうやって今の病院に行ったのかも実はよく覚えていない…つまり解離 の状態になってしまっていたのかも?


でも、うつ状態そのものは20代半ばに入ったころにはいつの間にか治っていたといか感じなくなった…抗うつ剤は体に合わなかったのでほとんど飲んでいなかった、これが自然治癒力というやつだろうか?


そういえば紹介状には「神経症」と書かれていた、神経症という名称は現在では使われていない…この神経症とういう名称は非常に便利で、あきらかにうつ病や統合失調症、躁うつ病ではない、でもメンタルの不調を訴える人で、器質的要因の見られない人はとりあえず「神経症」とする風潮があったとかなかったとか?


とりあえず神経症って…なんか、とりあえずビールみたい。


私は先々代の主治医に「自分はアダルトチルドレンではないか?」と話した事がある、それを否定はしなかったけど「その割には自分の意思が強い」と言われ…そこで発達障害の疑いが発生した。


今の病院に行った時に「ACミーティングに参加ている」という話をしたら…参加するのは良いけどあまりのめり込むな、おかしいと思ったらすぐに辞めるようにと注意をされた。


参加を重ねるうちにのめり込まされそうになったので離脱しました。


その後、きちんと検査を受けて私は「発達に偏りがあり、自閉度も少し高い」という事が証明された。


先々代の主治医が約64枚に渡るレポートを読んでどのエピソードに発達障害を思わせるところがあったのかを本人に聞いたわけではないけど、きっと何かを感じたのだろう。


今、病院でお話ししてる事も病気の症状の話と言うより「どうすればより生きやすくなるか?」という事を日常生活の工夫から、生き方そのものに関することまでとても幅広く扱っている。


主治医は私の状態に対して障害では無く「特性」という表現を使っている、月曜にお話ししてる彼女も「発達障害のあるT・Tomokoさん」ではなく「T・Tomokoさんは発達に偏りのある人」という感じで見ているのだと思う…いわゆる「外から目線」ではなく、私自身の問題として捉えてくれているように思う。


昨日、病院で話してきたときも…発達障害のある人は「普通になりたい」と言う人が多いけど、私は「もっと自分らしくなりたい」という自身の長年の思いを話してきた。


そしたら「それを実現するにはかなりの時間がかかるしとても難しいかもしれない…でも、それが実現できればT・Tomokoさんはもっとハッピーになれると思う」と言われた。


今の私の状態はメンタルの病気を患っているというよりも「1人では解決できない大きなこころの問題」を抱えていると言った方が正しいのかもしれない。


しかし、○○先生は擁護?してた のにこの人 に対しては私と同調して容赦ないダメ出しをしていたのは気のせいでしょうか?あまりよく思っていないのかな?


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私の生きる道、生きてきた道。

私の生きる道、生きてきた道。

この話題に関してはここ最近ずっと避けてきた。


というか、あまりしないようにしてきた。


でも今日はなんとなく話の中心になっていた、先月末で離ればなれになってからもう8年も経つ…「ふと、このまま関係が続いていたらどうなっていただろうか?」と考えてみたりすることは最近は減ってきた。


あの時離ればなれになったからこそ、今こうして自分自身ときちんと向き合う事が出来ているのかもしれない。


実のところ、私もいつも話している彼女も○○先生の実態をよく知らない…同じ職場にいたけどほとんど交流がなかったというのは過去に書いたような気がする。


お互いによく知らない人の思い出話をするのは結構面白いかもしれない、実際の体験と想像が入り混じった感は簡単には説明できない。


前に大泣きしても同情すらしてくれなかった という記事を書いた事があるけど、自分の気持ちが不安定な時だからこそ「いつもと変わらない態度で接する」のもひとつの優しさの表現方法だったのかな?ということに最近気が付いた。


いつも窓の外ばかり見ていたように見えても、私が最近自覚し始めた「自分らしく生きたい」という自分の気持ちに8年も前から気付いてくれていたらしい。


このメッセージ の本当の意味を知ったのはつい最近の事、家に帰るまで見るなと言われていたのでその意味を本人に直接問う事は出来なかったのはつい最近までかなり大きな心残りだったけど、自分でその意味をきちんと理解できた時…いつしか心残りも感じなくなった。


最近はさみしさとか喪失感よりも「あまりにもさりげなさすぎる優しさ」が身に染みて、それに気付くことが出来なかった自分がなんだか情けなくて苦しくなるようになった。


当時はまだ20代前半だったから、そういう気遣いではなく「目に見える」ものにしか気づかなかったんだな…今でも続いていたら当時とはまた違った気持ちで接することが出来ていたかもしれない。


街中で歩いているだけで職務質問されたという普通の人であればそう体験しないであろう経験の持ち主である…私が冗談半分で「今頃、どこかで”麦飯”でも食べてるんじゃないですかね?」と言ったら


○○先生は清く正しい臨床心理士だから!!(原文まま)


と言っていたので、それで「美しく」も加わったら「宝塚歌劇団」ですね…と返しておいた。


彼女にとってはかなり大事な事だったらしく、2回言っていた。


「大事な事は2回言う」というのはネットもリアルも変わらないのでしょうか?


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私の生きる道、生きてきた道。


私の生きる道、生きてきた道。

前に買ってきたおもちゃで遊ばない という記事を書いた事があるけど、作ったおもちゃではどうだろう?前に作ったサッカーボールは大きすぎたのかもしれない。



私の生きる道、生きてきた道。-KC3Q0083.jpg
体積24立方センチメートル。


というわけで、スカートの残り生地 でおもちゃを作ってみました。


立方体なら比較的作りやすいかな?と思いましたが…これが思っていたより面倒でした。


でも、これを縫い進めていくうちに「立方体」の概念がなんとなくわかったような気がしてきた…。


私の生きる道、生きてきた道。-KC3Q0082.jpg
くわえやすい「リボン付き」です。


一辺が8cmなのですが実物は結構大きいです、制作時間約4時間。


持ち帰ってパピヨンさんに見せたら、サッカーボール以上に食いつきが良くてくわえて振り回したり走っていました。


球体と違って転がっていかないのが個人的には良いかも?ときどき変なところに転がっていってしまって無くなってしまうこともあるので。


本来なら金曜の夜にでも記事を更新しようと思っていたのですが…作品作りに集中しすぎて腕を痛めてしまったのと、ここ数日の体調不良でパソコンに触る気すら起こらなかったのです、あとネタ切れ気味。

…また、しばらく超不定期更新になるかもしれません。


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