とあるニュースの記事に対して、このタイトルのような内容をmixiでつぶやいたら40件くらいの「イイネ!(アメーバなうの”同意する”的なもの)」が付いた、そして同意のコメントや「自分の気持ちを代弁してくれた」というコメントまでもらった。
21世紀になって昭和の時代に比べたらこの「親に対しては無条件に尊敬や感謝するべき」という風潮はある程度は薄まってきたと、おばあちゃんは言っていたけど…個人的にはまだ根強いと思います。
mixiで「ハッタツAC友の会」というコミュニティを6月頃から運営しているけど、参加者が20人超えました。
このコミュニティは発達の偏りとAC要素のある人を対象にしたものだけど、発達の偏りがない人でも「親との問題を抱えてる人」は沢山いる…実際AC自助グループというのはすでに全国組織になっている、いわば1億総AC時代なのかもしれない。
そして、私たちの多くは「親との問題」以上に「親(特に母親)に対して無条件で感謝しなきゃいけない風潮」に苦しんでいるのです…どんなにひどい仕打ちを受けてきたとしても相手が「自分の母親」という時点で全て許さないといけないのですか?
ちなみに私は、結婚式で「親への手紙」なるものは読んでいませんし、親への感謝の言葉も一言も言いませんでした。
何故なら、私にとっては「感謝するに値しない存在」だから。
こういう風に書くと「親不孝者」とバッシングされがちだけど、なぜ自分の意思で決めた結婚に対して親への感謝を示さないといけないの?子供の養育は親としての当然の義務だと思うので、それを「育ててやったんだから感謝しろ」なんてちょっとどころかかなり図々しすぎませんか?
何度も書いていますが
感謝や尊敬は「されるもの」であって「強要するもの」ではないのですよ。
これがわからない人達がいるせいで、親との問題を抱える人たちは多くの場合「二次被害」に遭遇してしまう…例えば身近な人話したりに限らずネットの相談掲示板に書いても
「子供の事を疎ましく思う親なんていない」
「親の立場になったら親のありがたみがわかる」
「そもそも親の悪口をいう事自体あり得ない」
このような心ない言葉によって当事者たちはさらに傷を深めていってしまうのが現状です…そもそもこのような境遇の人達は不幸を連鎖させないように「子供は持たない」と決めている人もいる。
子供の事を「都合のいい存在」「自分の物欲を満たすための存在」程度にしか思っていないとか「自分の子供には暴力を振るっても、何をやってもいい」と思ってる親だって存在するんです。
悲しいかな、子供は親を選ぶことは出来ないのです…私の親を含めて、このような「親としての適性に著しく欠ける親」の元に生まれてしまったら最後、そこには後悔しか残りません。
去年の誕生日は水色のケーキ を作ったりしてみましたが、どうも今年はそんな気分になれません。
自分が生まれてしまった事や、後先何にも考えずに産んだあの頭足らずの母親が許せない…あの人は罪には問われないものの犯罪を犯したも同じだと思う。
結局、あの人は「子供を産んだことだけが取り柄」なのかもしれない…語彙は少なく、頭も悪い、私が「最近の子連れは非常識なのしかいない」と愚痴っても
「子供がいない人には子育ての苦労がわからない」
という典型的「バカ親」の決め台詞を吐くような人…あぁ、私の親もバカ親の擁護するなんて、なんでこんな人に限ってボコボコ産むんだろう?
私が「母親のようなみじめな人生は歩みたくない」と子供のころから思っていたのは、どこかで子供を持つと不幸になるというイメージが植え付けられたのかも?
そして「環境の変化」にとても敏感で弱いという事については自覚していた。
パートナーと関係がこれ以上変わるのが嫌だった、彼と「パパ・ママ」と呼び合うような関係にはなりたくないというのは結婚する前から話していた。
私は大事な事はみんな「母親以外」から教わった、あの人は私にとって「人生の悪い見本」でそれ以上でもそれ以下でもないのだ、だから私は母親のような人生は絶対に歩まない。
私が他のACの人と違うと感じるのは「母親は無条件で感謝しなきゃいけない」という風潮と「自分の考えている”親のイメージ”」とあまりにもかけ離れているというのが許せないのだ。
私は子供の頃から、自分の親とか、住んでいる場所や家など自分の身の回りの物すべてに対して「自分のイメージと違う」という事に対して激しい違和感を持ちながら暮らしてきた。
ある程度、大人になってからは「親になってはいけない人」という「親になることに対する明確な基準」が出来てきて、自分もこの「親になってはいけない人」だと思う事や、子供を持つとそのような人達と嫌でも関わらないといけないと思うととても嫌な気持ちになる。
だから、今年の誕生日にはケーキを作らないかもしれない…そもそも誕生日自体何もしないかもしれない。
今後、自分の誕生日を祝う事自体になんかものすごい「抵抗」を感じるようになって来た。
年を取る事が嫌なのではない、自分が歩んできた苦しみしかない人生がこれから先も続くのかと思うと全く希望が持てないのです…批判されようが何度でも言います、子供は親のエゴを満たすための道具ではありません。
最後に…私が一番嫌いな「母親」について、デヴィ夫人が自身のブログで代弁してくれていました 。


