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今日も、犬とベッドシェア

おじいちゃんのパピヨンさんと暮らす、ソロ活&おひとり様人生エンジョイ中な私の雑記帳
不定期更新&長い記事多めです

「知らない」は大袈裟か?でも、正式名称何だっけ?となってしまう事は多々ある。

 

最初に名前聞いた時、”アメフト部がやらかしたところ?とか入試で男女差別炸裂したところ?そうだったとしたらなんか嫌だな…本拠地は新宿だっけ?”など思った…そもそも大学の存在自体認知してなかった

 

常々「多摩か永山かどっちかにして」と思い続けて来たけど…建て替えないなら、もういっその事「ながやま病院」にでも改名していただきたい。

 

色々騒動を起こした八王子の滝山病院ですら、トップと経営陣を総とっかえして「希望の丘八王子病院」というなんともまぁ、キラキラとした名前に改名したのですから。

 

 

 

もしくは、ここに負けないレベルのキラキラネームに変更しても構わないのだよ…😏

 

同じ市内にある「こっちが良かった~」と私に言わせたお屋敷病院も結構キラキラした名前だし(ちなみにここも地名由来)。

 

今年の初めに骨折して、救急車を呼んでもらった時も到着するまでに「今、治療中の病気とか飲んでる薬ありますか?」って聞かれたので、もちろん2年前に乳がんの手術したことと今もタモキシフェン飲んでる事も話しました。

 

そこで「お薬はどこの病院でもらってますか?」と聞かれたので、私はお薬手帳を持っていたにも関わらず

 

「多摩市の永山ってところにボロっちい病院あるじゃないですか、そこでもらってます」

 

的な受け答えをした(実話です)…お薬手帳のシールにはちゃんと病院の正式名称書いてあるんですがね。

 

ちなみに救急隊の人、これでどこの病院か完全に把握した模様…業種問わず、病院界隈の人なら「多摩市の永山にある病院」と言えば「あぁ、あそこね」という展開になるので、業界内での知名度はそこそこ高いのだろう(私と同じような勘違いをした人もいるけど)。

 

これは最近知ったことですが、うちの近くに新しく出来た眼科の中の人が私が連れて行かれた永山の病院に入院経験があるそうで…しかも、過去に私が「たとえ費用が安かったとしても絶対に選択肢に入らない」と記事で書いた産科入院だった。

 

本人曰く「当時は別の病院は絶賛建て替え工事中で、多摩の産科救急の受け入れは永山しかやってなかった。10数年前の時点でもボロかった」と話していたので、おそらく「不本意な入院」だったのだろう…私が「今はもっとボロくなってますよ。でも、産科入院ならもっとキラキラした病院行きたいですよね」と返したら苦笑いしてた。

 

ちなみに当時建て替え工事中だった病院はそれはそれはキレイに生まれ変わったらしい…公立だと自治体が費用持ってくれるから財政が太い自治体だとかなりアップグレードするよね(確か都立だったような)。

 

私が連れて行かれたところは公立ですらないし、そもそも誘致に関しても多摩市は関わっていないはず…そして、現在に至るまで金銭的な援助もほとんどしていないらしい(地縁があるわけでもなし、勝手に来てやってるだけでしょ?)って感じなのかな。

 

と、ここまで書いてふと…ある疑問が浮かんだ。

 

「多摩地区のがん患者の皆さんは一体、どこの病院行ってるのよ?」

 

という疑問が。

 

多摩地区といえども東京都の端くれであることには変わりないので、都心の方にある私がマスコットを欲しかった「がん専門の病院」とか、日本のすごい病院ランキングに名を連ねているようなところに行くのか?私が連れて行かれたところよりもっと知名度の高い大学の付属病院に行くのか?それとも、通院などを考慮して立川とか八王子とか多摩地区内の大きい病院に行くのかしら?

 

サンプル数は少ないのですが、私の知る限りでは八王子(私が歯を抜いたところじゃない)とか今年の初めに骨折で入院していた地元の公立病院に行ってる人はいるようで。

 

リアルで開催されている患者コミュニティにでも参加すれば調査できそうだけど、そこまでして知る必要もないというか…そもそもこの辺、リアルの患者コミュニティどうも無いよう。

 

前に発達の当事者会やってたところでまた団体登録して、自分で患者コミュニティを作っちゃうって方法もあるけど…それは気が向いたらやるかもしれないし、やらないかもしれない。

 

現状、国内でがんの標準治療を受けようと思ったら「がん診療連携拠点病院」というところに行けば病院の有名無名問わず一定のレベルの治療は受けられるとされているので、口コミとか実際に行ったときのインスピレーションとかで決めてる人が多いのかもしれない、もしくは紹介されたとか。

 

そして、その中には私のようにほぼ強引に連れて行かれた人も存在するのだろう…ちなみにこの「がん診療連携拠点病院」は東京の場合、国が認定してるところと東京都が独自に認定してるところの2種類があるらしい。

 

https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/iryo/iryo_hoken/kanren/kyogikai/R5-5kaitei.files/siryou7-2.pd

私が連れて行かれたところは緑の狸…もとい、東京都が認定してるようで。

 

よく、書籍とか新聞に載ってる「病院ランキング」というのもは手術の件数が順位付けの基準になってることが多いけど、だいたい上位に名を連ねてるところ規模がでかいのは必然なんだけど、手術数が多けりゃいいのかと言われるとそうとは言い切れない。

 

こういうランキング、Googleマップの口コミ件数とかを基準にしたらきっと大きな入れ替わりとか下剋上が起こるんだろうな。

 

と…前置きはここまで、ここから先が本題。

 

今日もお呼びだしに応じてきました。

 

結論から言いますと…「挟まれませんでした」

 

前回行った時に「そろそろ挟む」みたいな事を言ってたので、それなりに覚悟して臨みましたが普通のレントゲン撮影でした。

 

採血と超音波はいつも通り、今日は私の用件とは全く関係の無い中の人にまで「ここに来るまで1時間半くらいかかるんですよ…遠いよね」とぼやきがちでした。

 

今回も採血の時に建物のボロさとか建て替えま宣言の話になった。

 

今回担当してくれた人も、やっぱり「確かにボロいよね…でも、多摩市がお金出してくれないから建て替え出来なかった」とぼやいていた。

 

いや、なんで多摩市の援助ありきなん?あなた達が貧乏なのがそもそもの原因では?と思ったがそこは飲み込んだ。

 

そんな事を言いつつも、ここで働き続けてるって事はやっぱり職場環境自体は良いのかもしれない。

 

「ここは他にも系列の病院があるし」とも言っていたので「あぁ、確かに南関東ほぼありますよね(厳密には系列というか付属だから直営だよね)…某大学の代わりに埼玉県にも進出して南関東完全コンプすれば?とは思ったけど、これも言わなかった

 

「ここの建て替えま宣言、新聞にも載ったみたいですよ、朝日とか日経とか…(後はタウンニュースとか多摩ポン等のローカルメディア)」と話したら「まぁ、ここの運営デカいしね…新聞にも載るよね」と言っていたが、最近埼玉県への進出を断念したところは読売含めた全国紙・地方紙・NHK、Yahooニュースなどのニュースサイト各所で取り上げられているぞ、取り上げられる規模が違うぞ。

 

 

そして、今日も私にターンは回って来ないんだろうな…と思いつつ診察室へ行くとサプライズが待っていた。

 

いつもの即レス先生じゃない、違う人がいた。

 

永山の乳腺科は運営の方針で男子禁制なので今回も当然女性だ。

 

どうやら大人の事情により、秋から月曜日は他に出向してるとかで留守を預かる事になったらしい。

 

中の人が変わって一番大きく変わった事は「会話のキャッチボールが出来る」「こっちにちゃんとターンが回ってくる」ようになった事だ。

 

あと、結構若返ったような(あの人の部下にあたる人なので)。

 

今回も検査の結果は異常無し。

 

今までと決定的に違うのはちゃんとターンを回してくれる人が担当だったので、私はずっと思っていた事を諸々聞いてみた。

 

診断から手術までササッと決められて、こちら側は「受け入れて、考えて納得する時間すらなかった…本当にこれで良かったのか未だに答えが出せない」とこぼしたところ「がんの手術は時間が勝負なんだよ、見つかった時点でなるはやで手術しちゃった方が良い。私が担当だったとしても同じように対応したと思う」とのこと。

 

そして「おちちを挟むこと」についての話になった、前回来た時にも同じような話をしたがその時は「つべこべ言わずに挟むんだよ!!」みたいなニュアンス(あくまでもニュアンスで実際にこう言われた訳じゃない)だったけど、今回の人は1から10までちゃんと丁寧に説明してくれる人だった。

 

私が「痛いし、あの検査は人としての尊厳をズタズタにされるだけでなく、どう考えても中世の拷問にしか思えない」とこぼしたところ、なぜ挟まなければいけないのかという理由もちゃんと説明してくれた。

 

要約すると

 

「確かに、方法としてはかなり原始的だけど…おちちは肺などと比べて中身(乳腺)が詰まってる臓器だから、一般的なレントゲンじゃそもそも映らない。極限まで挟むのは薄くして映りやすくするため。エコーやCTでは実は早期の異常は見つけられない。挟むのと他の方法で検査精度等の比較実験が行われていないので組み合わせることはあるけど単独で検査しても信頼度が下がる…無痛検診もあるけど、あれも根拠が確定してるわけではない。現状、検診法として国からお墨付きを得ているのは挟むやつだけ。治療する側としては一番信頼度の高い方法で調べたいし、怪しい方法を勧めるわけにはいかない」

 

とのこと…そして

 

「理想は1年に1回のペースでやるのがいいけど、どうしても嫌なら2年に1回でもいい。それでも、どうしても絶対嫌というならその気持ちは尊重する、こちらからは無理強いはしない」

 

最後にこうも付け加えた

 

「でも、多くの人が検診で挟んだから早期発見が出来るようになって、乳がんは”治せる病気”になったんだよ。再発とか反対側にも出来る可能性を考えると検査はできればちゃんとやってほしい」

 

って…今度の人は理詰めタイプか?と思ったら、Geminiによると

 

乳がんを経験した女性では、手術していない反対側の乳房にもがんが発生する確率(再発ではなく、新たに発生する確率)は2~6倍になり、2~11%が一生の間に反対側の乳房にもがんが発生するといわれています

 

マジですか?胃の中にピロリ菌がいると除菌しても胃がんリスクが上がるのは知ってたけど、乳がんも一度経験すると発症リスク上がるんですか?

 

そうなのか…それならやっぱり挟んだほうがいいのかしら?永山なら検査の担当者も女性で固定だそうだし。

 

他にも、前のあの人は聞いた事は基本即レスで私にほとんどターンを回してくれなかった…という事をは話したら「…優秀な人なんだけどねぇ、忙しいからかな?」と言ってたけど「あの人はいつもそんな感じです、”とにかく、黙ってついてこい”ってタイプ。気持ちに寄り添うことは苦手で婦人科には向かなそうなタイプ」と答えたら「もしかして苦手だった?」と聞かれたので…「私は嫌いじゃないけど、ぶっちゃけ(上司として)どうですか?」と聞いてみたところ、それに関しては”私からは何も申せぬ”という反応が帰ってきた。

 

やっぱり、過去記事だったか?他に書いてる紙の日記だったかで「あの人は好き嫌いがハッキリ分かれるタイプの人」と書いたことがあるけど本当だった。

 

おそらく、他の患者さんで苦手だわ~と感じていると話した人がいたのだろう。

 

話せるタイプの人ということがわかったので密かに気になっていた事も聞いてみた。

 

「乳腺外科を選ぶ男性の心理って、どういう状況?そんなに(おちち)見たいの?」

 

あの人にはこんな事絶対に聞けないし、そもそも私にターンが回ってこないんだから話を振る余地もない…今度の先生は私のこんな質問にもちゃんと答えてくれたよ。

 

「(おちちが見たいとか)そういう訳じゃない、純粋に乳腺というのは奥が深くて学問として面白いんだよ」

 

とのことだった…どうも、例の地下のオッサンと出会って以来、男性の医者に対する謎の偏見が根付いてしまった。

 

男性が乳腺外科の道に進むのは、私が純粋に興味だけで「精神病院で起きた事件」や「黄色い救急車(の都市伝説)」を調べたり図書館で「ルポ・精神病棟」を借りて読むのと同じようなものなのかもしれない…こう言っちゃ不謹慎かもしれないけど、精神病院で起きた事件を調べるのは私には面白いと感じるのだ(そもそも職業選択の自由があるし)。

 

もう一つ私、ダメ元で一言言ってみた「ここまで来るのに1時間半くらいかかる、ぶっちゃけ立川とか八王子のほうが通いやすいんだけど…直々に連れてこられてまだこうして3ヶ月ごとに呼ばれてる」

 

と言ったところ、以前は「ごめんね~」の一言で強制終了してしまったのですが…今回、とても大きな展開がありました。

 

「今は薬は90日分で処方箋もらってるの?今日は検査したけど、薬だけもらいに来てる日があるの?半年ごとにちゃんと検査受けに来るんだったら

 

薬の処方だけなら、立川とか通いやすいところに紹介状書いてあげるからそっちに行ってもいいよ

 

確かに立川とか八王子の方が行きやすいよね、今は立川あたりなら乳腺クリニックも増えてるし…私もここに来るまでに1時間くらいかかるけど、確かに永山はアクセスが悪い😑」

 

え?今なんて言った?後数年は無いかな…と思っていた「放流」がここに来て一気に現実味を増した。

 

但し、行き先は「自分で調べて探すこと」が条件…ここって、多摩地区の乳腺クリニックとも提携してない感じ?

 

逆に言えば、そういうしがらみがないから希望を出せば可能な範囲で叶えてくれるのかも?

 

正直なところ今年の「建て替えま宣言」以降、ここがキレイに生まれ変わる見込みがないのなら、私ははるばる永山まで通う理由を見失っていたのだ…将来的に別の場所でキレイに生まれ変わる事を信じていたので、それを見届けるために行こうと思っていた。

 

それが建て替えま宣言をしたことにより、ここだけの話建物の行く末ではなく「ここの経営の行く末」が心配になってしまったのだ。

 

一応、運営側は「建て替えないけど、閉鎖はしない」と声明を出してはいるけど…あと数年で一番古いところでは築50年を迎える。

 

庭を作っても、トイレをリフォームしても建物が限界を迎えたら閉鎖やむなしなのでは?と思ってしまう…患者のこれからの人生ではなく「この病院の経営のこれから」を考えた方がいいのでは?と本気で心配になる。

 

しかも、庭の監修者が所属してる大学は2年後に廃校が決定している

 

変な話、ここに連れてこられて最初の頃はそれこそ予約してるのに2時間くらい待ちとかザラにあったが、去年の春くらいから薬をもらいに呼び出しされるようになってから、明らかに待ち時間が短縮している。

 

ここ数回は1時間程度になり、今日に至っては一通り検査終わってから受付して待っていたら、なんと10分程度で呼ばれた…せっかくAmazonプライムで映画を1本ダウンロードしていったのに80分程度の作品でもほとんど観られなかった。

 

確かに言われてみれば、なんとなく患者の数が減ってるような気がしなくもない…このご時世に出産費用を大幅値下げしたのも、人が来ないからだろう。

 

永山は採算が取れない…同じ市内とか近隣自治体にもっとキレイな病院あるし、そっち行っちゃうよねと思う。

 

いくら中の人が優秀で腕が良くても、アメニティが終わってる状態のところをわざわざ選ぶもの好きは多くない。

 

「永山の病院からの放流…」今年の夏前にピューロの七夕イベントで願掛けしたことが、まさか本当に叶うかもしれないというところまで来るとは思ってもいなかった。

 

実はまだ、来年の3月と6月は永山へのお呼び出しが確定してるので行かなきゃダメなんだろうけど…今後の身の振り方とおちちを挟むか否かについては周囲の人の意見も参考にしつつ、じっくり考えたいと思います。

 

いっそのこと、お屋敷の病院にでも移るか?!

過去にドラマ化もされている漫画ですね…自閉症の子供とその親の話なんですが

 

作者死亡で未完のまま終わっていたのは知らなかったわ

 

内容や展開になんだかモヤッとしたのはおそらく私だけではないはず…あまりにも当事者側の理想が強すぎると言いますか、キレイにまとまりすぎてるというか。

 

具体的にどのあたりにモヤッたのか?をピックアップしてみると

  • 同じマンションの人や近所の駄菓子屋のおじさんなど周囲の人達があまりにも優しすぎる
  • (見かけ以上に障害の程度が重く)支援校相当と言われたのをゴリ押しして支援級にねじ込んだ、その前には保育園にもねじ込んでいる
  • 子供がトラブルを起こすたびに「障害なんだから仕方ないでしょ」「理解してよ、わかってよ」的な言動…あげくプリントまで作って配布
  • 主人公の母親がネズミー映画に出てくる古の”プリンセス”みたいな感じがして私は「この人とは仲良くなれないわ」と思わせるタイプ
  • 同級生の接し方がどうも現実離れしすぎてる気がする…子供って結構残酷なもんだと思うんだけど

と、あげたらキリがないのでこのへんで…結構、この作品呼んでモヤッとした人は少なくないはず。

 

昔「どんぐりの家」ってやっぱり障害児とその親の話を描いた漫画を読んだことがあるけど、こっちはそこまでモヤッとしなかったんだよな。

 

 

こっちの作品はそもそも時代とか、障害の種類も違う(こっちは聴覚障害+知的障害や自閉症)けど…むしろ、こっちの方がもっと残酷なんだけどそれでも親達の努力や困難に立ち向かう様子が胸を打たれる。

 

作者が男性でもともと青年誌で連載されていた作品だからなのか?(光とともに…は女性作家で主婦向け雑誌で連載されていた

)こちらの方が変にご都合主義でないあたり現実味があって個人的にはこっちの方が好きかも?

 

どちらも紙の書籍や漫画を配信してるウェブサイト、図書館で借りられる本なので興味のある方は一度手に取ってみてもいいかもしれません。

 

そして、できれば両方読んでみてほしい。

よくYouTubeに上がってる昔の曲のMVとか昔(主に昭和~平成初期ごろ)流行った玩具やグッズを紹介&解説してる動画のコメント欄に「この頃に戻りたい」とか「あの頃は良かった」的な書き込み、それもなぜかポエムチックに書かれてることが多い…をよく見かけるけど、みんなそんなに子供の頃とか昔が良いんですか?

 

私は正直なところ、子供の頃は「しんどかった」という記憶しかないから、戻りたいとか微塵も思ったことない。

 

当時はなんでなのか?言語化することができなかったけど、今なら出来る…それは「子供らしさ」とは対極にある存在だったから。

 

子供だからといって感情や本能をむき出しにするタイプじゃなかったし、自分と同い年の周囲の子供に対しても「こいつらバカだな」とどこか冷めた目で見ていた。

 

端的に言えば「子供らしくない」子供だったわけです、世間の思う子供らしさのイメージである「素直さ」とか「無邪気さ」「元気いっぱい」的なものは昔も今も一切持ち合わせておりません。

 

よほどのことがない限り感情をあらわにすることもないですし、何かを指示されたときには「筋の通った正当な理由」を求めていましたし、”お友達”とみんなで仲良く外で遊ぶよりも一人で何かを作ったり本でも読んでるが面白いと感じるタイプですので…例えばおままごとするよりはままごと道具の造形とか眺めたり、人形用哺乳瓶で人形にミルクを飲ませて「お世話遊び」するよりも人形用哺乳瓶の傾けると中身がなくなる仕組みの方が気になるタイプだった。

 

これは覚えていないのですが、私は3歳くらいの時点ですでに「牛乳を飲まない生活」を送っていたようで、給食で出された牛乳を人目を盗んでしれっと流しに捨てていたらしい…それがバレて後に監視下に置かれていたとか?それくらい「押し付けられることが嫌いで、自分で考えて納得しないとやらない」タイプだったのかもしれません。

 

箇条書きで説明すると

  • おとなしい
  • みんなで遊ぶより1人でいることを好む
  • 不満やストレスが一定数蓄積されると”爆発”する
  • 行動に移すには「論理的な理由」が必要
  • 子供扱いされることが嫌

といった感じだろうか?子供の頃から、子供ではなく「1人の人間、むしろ小さい大人として扱ってくれても構わない」と思っていた。

 

相手が親だろうが先生だろうが「対等な関係」を求めていたと思う…幼稚園の時はある程度、こちら側を「1人の人間」として尊重されていたように感じたが、義務教育期間中は常に何かに押さえつけられてるような窮屈感が酷かったし、そもそも人として扱ってもらえていないようにすら感じて、それまで保たれていた尊厳をズタズタに切り刻まれたと思った。

 

これは最近思うことですが、もしもの話…幼稚園じゃなくて保育園に入れられていたら子供ながらに詰んでいたかも?ということを考えるようになった。

 

私自身、保育園という場所がどんなところかはよくわからないけど(知ってるのは厚労省管轄の福祉施設ということくらい)、去年解散した例のグループの中に保育園で保育補助の仕事をしている人がいて、その人から「保育園とはこんな感じの場所」なんだという話を何度か聞いていた事がある。

 

園によって差はあるだろうけど、保育園という場所は「子供は子供として扱う」というの鉄則が存在するそうで…そうなると「小さい大人」扱いは当然ないし先取り的な「少しお姉ちゃん」扱いもしてくれないだろう。

 

あと、私は子供の頃から雑多な騒がしい環境が苦手なところがあるので幅広い年齢の子供がいる保育園は環境的にも合わないと思う…それと、こういうところは昔から障害児の受け入れとかやってたりするので「明らかに変な子」と一緒にさせられるのもしんどいかも?

 

と、子供の頃は生きづらさ指数がものすごく高かったけど年を取るたびにそれが軽減されてきた自分としては「子供の頃に戻りたい」とか「あの頃は良かった」という思考そのものが理解できないのだ。

 

私と同じような性格タイプだと、時代背景とか関係なく子供時代はしんどいんだろうなと思います。

 

親が心理学系に知的好奇心強くてエニアグラムとか16タイプ性格診断とかに興味を持って自分の子供のタイプを調べようとしたりしない限り私のようなタイプ(INTJ、タイプ5)というのはどこに行っても理解してもらえなかったり、下手したら「発達障害じゃないの?」とあらぬ誤解をされるかもしれない…この性格タイプと発達障害の特性はかなり重なるところがある。

 

特に最近の子供の発達障害は過剰診断も問題になっていたりするのでそこの見極め間違えると取り返しのつかないことになってしまうわけです。

 

特に日本は子供は子供として扱う風潮が強いので、私と同じ性格タイプの子供たちも強く生きていきましょう。