今月は2回ほど永山にお呼び出しをされています。
1回目は2日…私が「おちちを挟まれるのは2度とゴメンだ」と意思表示をしたところ、年1回のペースでCT撮影されることになった(本当は挟んで欲しいらしい…)と血液検査。
血液検査は診察日と同時に出来るけど、CT撮影はどうしても別日でないとダメらしくてセットで予定を組まれます。
ちなみにここの予約票…予定欄にはなぜか血液検査を「検体検査」と表記して、備考欄に「血液の検査があります」と書かれているのだが普通に「血液検査があります」と書いた方がわかりやすいのでは?と思うのは私だけだろうか?
ここに「患者目線」とか持ち出したことろで全く通じない…ここはそういう場所なのだ。
今回は予約時間15分前に到着、今どきのスマートなオシャ病院ではない…ここは永山のスルメ病院だ、築40年オーバーの廃kもとい昭和医療遺産の登録有形文化財のような病院ですので「鍵がかかるロッカー付きの更衣室」なんて気の利いた部屋はない。
CT室の一角に天井にカーテンレールを取り付け、そこからカーテンを吊っているという超がつくほど簡易的な着替えスペース…荷物はキャスター付きのプラ製バスケットワゴンに入れるシステムを取っている病院に「検査着を貸し出す」というサービスはほぼ期待できない(言えば貸してくれるけど、言わないと貸してくれない)。
今回は金属やプラスチックの付いていない服を着て検査に臨んだ。
担当は爽やか系のお兄さん…まだスルメ化はしていない模様だった、ここで女性の担当者に会ったことはまだないかも?
検査は無事に完了、次は検体検査こと血液検査へ…築43年の建物から築49年の建物に移動する。
途中の渡り廊下に「ギャラリー」と称して絵画を飾っているのだけれど、どうみても「ただ飾ってるだけ」としか言いようがない状態、しかも壁の空いてるスペースになんとも安っぽいウォールステッカーを貼り付けているという「実にスルメ🦑」なギャラリーになっております。
血液検査の受付は機械にバーコードをスキャンするシステムなんですが、機械の調子が悪いのか?上手くスキャンできずにいたところをたまたま居合わせた受付の人に目撃され「そのまま中にどうぞ」と言われるがままに通される。
待つこと数分、呼ばれて腕を確認されてから「いつもベッドで採血するんですね」と言われ今回は心電図検査の部屋に通されました…ここには「採血用のベッド」すらないのだ、採血中に具合が悪くなった人は検査室内のソファに寝かされることになる実際、ソファの置いてあるところには「ここはベッドとして使用します」という掲示物が貼ってある。
壁際ベッドだったけど、子供向けなのか?「擬人化したパンのキャラクター」のイラストが貼ってあったのですが、まさかの「画用紙を切り抜いて作成した中の人の自作品」でした。
ん~昭和だ、今どき街中の小児科でもこういう中の人の自作装飾ってあるんですか?
内装の段階で絵柄入り壁紙とか装飾があるからないのかな?
担当は若いお姉さん…朝から何も口にしていないので血管が思うように出ず、一番細い針でチャレンジするものの上手く出来ない
すかさず私が
「もし、無理そうならトマトジュースで代用して結構ですから」
とフォローしたところ「さすがにトマトジュースは数値違いすぎて機械に弾かれるから(笑)」と言われてしまい…もう、無理と思ったか?降参を宣言「もっとベテランの人呼んできます」と言い残し、次にやってきたのは頭に白いものがちらほら混じっている”お姉さま”がやってきた。
私はお姉さまにも「もし、無理そうだったら他の人から余分に取ってシェアしてください」と言ったところ…「もっと悪い結果になっちゃうかもよ?」と返されてしまった。
そのお姉さまに
「私、ここに4年くらい通ってるんです…」
と話したところ「卒業しないの?」と言われたので
「卒業させてもらえないんです…私はずっと留年です」
と返しておいた。
そうこうしてるうちにさすがベテラン…血管見えねぇといいながらも採血終了、ここは「止血バンド」という便利ツールなぞあるわけがないので「手で抑える」スタイルです(三鷹市にある某大学病院では止血バンドをお持ち帰りできるそうですが…ここはいかんせん"スルメ"なので)。
というわけで、この日はここで終了…次回は6月半ばに呼ばれている。
帰りにいつものルーティンである「お庭チェック」をして帰宅…
なぜかパーゴラが設置されていた
骨組みだけのパーゴラがいつの間にか置かれていた、駅の反対側の公園には植物を絡ませたパーゴラがあり下にはベンチが設置されている。
しかし、ここはスルメ病院…そんな気の利いたものあるわけがない。
パーゴラだけが「ドン」と置かれているだけ、ここに植物でも絡ませるのか?それとも日除け布を取り付けるのか?
ここは本業以外は何をしでかすか本当に予測がつかないので今後の経過も見守っていることに決定。
そして6月半ばの某日…今月2度目のお呼び出しに応じてきた。
この日はあいにく朝から天気が悪い、おちちをみられる事を想定して前開きの服で挑む…相変わらずボロい、昭和の病院みたいな看板も健在だ。
でも、よく見てみると歩道橋からアプローチするルートにある花壇はプロのような完璧な花壇ではないが手入れはきちんとされているように感じられた。
頑張っているのはよくわかる、ただ…やり方が斜め上すぎるのだ。
エントランスに入ると2026年にも関わらず、昭和の病院の匂いが漂う。
受付を済ませ、いつもの乳腺科へ行くと未だに「朝、熱を測ってきましたか?」と聞かれた…この質問、すでに聞かれなくなったか、もしくは入口に非接触式の検温モニターが置かれてることが多いのだがここにはない。
なんとなく今日は待つかな?と思い、動画でも見て待つか…と思ったら今日も10分程度で呼ばれました。
それまでと違うのは「部屋が変わったこと」今まで呼ばれていた部屋の隣だ、そして何より変わったことは入口が
「カーテン→ドア」
に進化したのだ、ついでに今みてもらってる"小ネキちゃん"も役職が進化していた。
そして、カーテン部屋には小ネキちゃんの部下に当たる「小ネキ2号」が追加されていた。
「やっとドアになった」と思いつつドアを開けたら内開きドアで椅子に引っかかった…スルメ病院の乳腺科の診察室の椅子は「会議室みたいなスタッキングチェア
より引用
色は違うけど、だいたいこんな感じ…そしてちょっと年季入ってる。
早速、タモキシフェンを休薬してみた感想を報告。
「飲むの休み始めてからまず頭がスッキリして、体も楽になってきた」
ということから報告…この時点で今回の不調の原因はタモキシフェンという結論に達したところで、小ネキちゃんから提案が
「お薬変えてみる?閉経後の人が飲むやつとリュープリンの併用はどう?半年ごとの検査は継続で」
と言われた…そこで私、こんな事を言ってみた
「このまま、何もしないという選択肢は…無い?」
小ネキちゃん良い顔しなかった、なぜ薬を飲み続けないといけないのかを懇々と説明しだした。
「乳がんの再発って、必ずしもおちちとは限らないんだよ…肺とか肝臓とか、下手したら全身に回る可能性もあるんだよ。そうなったら年単位で抗がん剤をするしか治療法無いんだよ、抗がん剤の副作用の方が辛いよ、それでも受け入れられる?」
と言い出した、とちゅうで看護師さんもやってきて小ネキちゃんの発言に「御意」とでも言いたそうな感じで頷いていた。
う~ん、相変わらず発言がスルメだ。
きっと彼女の意図としては「出来ることはできるだけやっておきたい、しんどい思いをさせたくない」ということなんだろうけど、もう少し言い方あるだろ…と思ってしまうあたり、こういうところもスルメ🦑ネキ仕込みなのかもしれない。
ここまで言われたらもう降参するしかない…とりあえず、新しい薬を試してみることになった。
そして起きやすい副作用なんかもレクチャーされ、なぜか小ネキちゃんはタモキシフェンの事を「この子は~」とまるでコスメでも紹介する美容系インフルエンサーみたいな呼び方をしていた😅
今回はちゃんと「薬のパンフレット」もいただけました…この時、ポロっと
「スルメ🦑ネキはこんなんくれなかった、これって副作用?って聞いた時も『それは薬の影響じゃないから!』って即答だったし…」
と話したところ
「土曜日に乳腺科全員で話し合いがあるから、その時に情報を共有しておくね」
進化したからか?それまではスルメ🦑ネキに対して「お伺いを立てる」ような雰囲気だったのが、スルメ🦑ネキに対して物申すという強さも手に入れたようだ。
というわけで、アリミデックスを35日分もらって…次回は7月のなぜか祝日に呼ばれた。
「その日は祝日では?」
と聞いたら…
「うちは平日の祝日は開いてるのよ」
という「平日に祝日がある週は普通に開ける代わりにその週の土曜日がお休みになる」謎のスルメ🦑システムがあることを教えてもらった…ちなみにこの「平日の祝日」には「スルメ🦑本部の創立記念日」も含まれているようだ(それでいいのか?)。
変則的に週休3日ではなく、頑なに週休2日を死守したいようだ。
今回の滞在時間は約30分…朝から天気が悪かったけど、永山から帰る頃には天気はさらに悪くなって永山駅で電車を待っていたころには土砂降りになっていた。
病院の玄関を出て、恒例の「お庭チェック」…先日、いきなりポツンと置かれていた骨組みだけのパーゴラに
「日除け布」
が取り付けられていた…しかし、その下にベンチなどは一切置かれておらず結局のところこの庭をどうしたいのか?は相変わらず見えてこないスルメ🦑ガーデンなのでした。
しかし、今回はやっと学んだのか?花壇に「ミントの苗」は植えられていませんでした。
次は7月…悪天候も嫌だけど、熱いのも嫌だな。


