憲法24条と「父親嫌い娘」が実行した報復とは? | 今日も、犬とベッドシェア

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おじいちゃんのパピヨンさんと暮らす、ソロ活&おひとり様人生エンジョイ中な私の雑記帳
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自分の結婚観は世間的な慣例よりも「憲法24条」寄りな事、随所にオリジナリティを取り入れたいという事でホテルの人の勧めもあり挙式は人前式 にした(最初はなぜかキリスト教式という事で話が進んでいた)。


そもそもなぜ「父親と腕を組んで歩くのか?」私はこれが理解できなかった…そして、その由来を知った時、腕を組まなくて本当に良かったとこころから思った。


教会式でバージンロードを父親が娘の手を引いて行き、途中で新郎に代わるのは「売り渡しの儀式」です。

日本では花嫁と父親が歩む通路を「バージンロード(和製英語)」と呼んで赤い絨毯が敷かれたところがありますが、元来は処女性を象徴した白地のシーツなのです。

かつての花嫁は売り物であったため、絶対にバージンでなければならなかったからです。

その花嫁を買主に引き渡す儀式をする場所が、バージンロードです。

結婚式は「女性の売買儀式」であり、これはヨーロッパだけでなく世界のどの国でも似たり寄ったりで、日本も例外ではありません。

「嫁に貰う」「嫁にやる」「嫁入りする」等の言葉がいまだに使われているのはその名残です。

http://www.nijo.co.jp/yomoyama/y_yomo12.htm より引用


神前式も「イエ」の結びつきを強く重んじる傾向がありますが…海外はもっとすごいですね、もろ「人身売買」じゃないですか。


ちなみに海外ではキリスト教式(プロテスタントだけ?)でも「新郎と一緒に入場」が主流になっているようです…「父親と一緒」というのは世界的には時代遅れなのかも。


憲法24条についてはみなさんご存じですよね。


「婚姻は両性の合意にのみよって成立する~」


というあれです…近年、これを改悪しようという動きがあるようでとても恐ろしいことです。


私は「親の所有物」ではありませんし、パートナーとは「お互いの合意の上」で結婚することを決めました。


人前式の場合、司会者によっては冒頭で憲法第24条の条文を読み上げる場合もあります…私達がそうだった。


なので、バージンロードも「一人で歩かせていただきました」…これは自分の結婚観であるのと同時に父親に対する「報復」の意味合いもありました。


あえて一緒に歩かないことで「あなたを父親とは認めない」という意味もありますし、世間では父親と腕を組んで歩くのが主流となっているのであえて「招待客」として扱ってみたのですが、今思えばもっと大勢の前でやってやればよかったかな?とか、いっそ参加させないというのもアリだったかと思うことがあります。


ちなみに「感謝の手紙」とか「花束贈呈」といった親が登場する要素は一切取り入れませんでした、乾杯のあいさつも私がやりました。


ちなみにパートナーは私の暴挙ともいえる行為にかなり驚いたようで…親戚も呼んでいたら絶対に変な目で見られてたと今でも言っていました、あの人には私のこの気持ちは一生理解できないだろうな。


郊外といえどもホテルウエディングでしたのでやはり「場の雰囲気にふさわしい格式」というのがありますよね…「音を立てて物を食べない」という、テーブルマナーの基本のきも出来ないような人はホテルの人にも良く思われなかったかもしれない。


いつも「周囲の私に対するイメージ」があの人のせいで悪く思われたかもしれない…と思うと嫌悪感がこみ上げてきます、この気持ちは体中の血液をすべて入れ替えるか、法的に絶縁するか、いっそ死んでくれでもしないかぎり治まらないと思います


私がなぜ、ここまで父親を嫌悪するのか…これはまた、別の記事で。



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