近くにあるのに「手に入れられない」もどかしさ。 | 今日も、犬とベッドシェア

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おじいちゃんのパピヨンさんと暮らす、ソロ活&おひとり様人生エンジョイ中な私の雑記帳
不定期更新&長い記事多めです

今回は、この前通院した時に渡したこれの内容を一部公開 してしまおうかと思います。


思えばあの3年間は濃密な時間でありながら、その関係は実はとても稀薄で「私が見たのは実は幻だったのでは?」と聞いてしまったくらいでした(これは単純な否認 であると自覚してますが)。

でも、今でも病院に行くと当時2人で会っていた部屋には近づけません…どうしてか理由は自分でもよくわかりませんが、まだあの時の「気配」が残っているような気がしてならないのです。


私はなぜこんなにもとらわれているのでしょう…って理由がわかればこのブログに何本も記事を書いたり何枚もレポートを書くこともないわけで。

理由として考えられるのは「不本意な形で引き離された」というのが大きいかもしれない、というかそれしか思いつかない、かといって今でも続いていたら?そもそもああいう関係は10年も継続できるのか?


私が2人目の主治医とある時を境に、顔を合わせるたびに喧嘩するようになったのは「本当はもっと一緒にいたい、1回に話をする時間が1時間じゃ足りない 」というフラストレーションを全てぶつけていたからだということに実は昨日の夜中に気が付いた…主治医からは「いつも機嫌が悪そう」と言われていた記憶がある、確かにあの時の私はいつも機嫌が悪かったように思う。

だって、いつも「1時間」で強制的に終わらされてしまっていたらそりゃ機嫌が悪くなるのも仕方ないと…実は何度も「時間を延ばすか回数を増やして欲しい」と頼んだことがありました。


それは到底かなわないという事はわかっていました…が、いつしか私は「許されるのであれば、その存在を独り占めしてしまいたい」という想いが芽生えていました。

私にとってはただ、一緒に同じ時間を共有することが「自分の居場所」であり、誰にも邪魔されることのない「やすらぎ」だったのに、それを「1時間たったから」と終わりにされるのはもしかして私は表に出さないだけで本当は拒絶されているでは?とまでは思わなかったけど、自身の居場所を提供してくれている人からその居場所を奪われたという事がどうしても許せなかったところはあった。


一番近くにいる人なのにその人に触れることはおろか、近づくことすら許されない…でも、私は親密になり過ぎると相手を重苦しく感じてしまうところがあるのでその微妙な関係が好きだった。

多くの人が、私たちの特殊すぎる関係は「決められた場所以外では維持していけない」というが、私はここだけの話「この関係を維持したまま『一緒に暮らすことも出来るのでは?』なんて思っていた」というか、それが出来る自信があった。

私は他人に自分の領域に深く立ち入られるのが嫌いであると同時に、他人の領域に深く立ち入ることも嫌いである…だから、パートナーの携帯を勝手に見るとか相手の行動を逐一監視するような人は生理的に受け付けない。


「他人と微妙な距離感を保つこと」はある意味私の特技でもあるかもしれない、付かず離れずのような微妙なあの関係でいられることが私の幸せだったと、今でも思う。


何度も言ってますが「結婚したい」というわけではなかったんです、ただ一緒にいたかっただけです。


実は「存在を独り占めしたいと思っていた」という話をするのは今回が初めてなんです…本当は誰かに話したかったのですが、機会はあったものの勇気がでなくて。

こんなこと言ったら怒られるのでは?という気持ちが先走ってしまいなかなか言い出せませんでした。


レポートにはこんな感じの内容がもっと詳細に書いてあります…2週間で読み切れるようになんとか6ページ分に収めましたが、また何か思い出すかもしれません。


ちなみにこの話をミーティングに来てる他の人に話したら「そんな人に出会えること自体がうらやましい」と言われたことがあります…本人は結構辛いところもあったんですが。


そして、今度の通院の時にまたいろいろ突っ込まれてまた辛くなるんだろうな。



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