◇12/29 裕幸
気が付けばもう今年もあと数日。あっという間に月日が流れていくような気がしながら、カウンセリングの合間に江坂の街を歩けば、もう門松を置いているところもあって、おぉ、正月かあ・・・と。今日、うちの母殿に年末年始の帰省予定をメールでお知らせしたら「2日はゴルフに行くから3日までいてー」と。さて、なんと返信しようか考えあぐねています。「温泉に行くから2日に帰るー」とか言うて見ようかな・・・。
「これは自分を変えな、ほんまにヤバイわ。オヤジ(親父)みたいになってしまう・・・」
そう思って「セラピー」なる世界に足を踏み入れたのは、5年も付き合っていた彼女に突然の別れを切り出されたのがきっかけでした。
ご飯も喉を通らず呆然と過ごすその後の数日間の中で、僕とその彼女の付き合い方が離婚した僕の両親のそれと酷似していたことに気付いたのです。
それはびっくりしました。
で、冒頭のセリフが自然と口をついて出てきたのです。
でも、その失恋は僕の暗黒の時代(?)の幕開けに過ぎなかったようです。
その後は鬱や神経症のような症状を起こして仕事を続けられなくなったり、新しく出来た彼女にはつれなくして苦しめてしまったり、親友が自ら命を絶ってしまったり、父親がガンで亡くなったり、ほんとにいろんなことが起こりました。
社会人としても、彼氏としても、友人としても辛い時代でした。
なんでこんなことが起こるんだろう?と嘆いたこともあります。
でも、そんな混乱の中で、わけがわからないながらセラピーで自分を癒し、問題を一つ一つ乗り越えていきました。
もうダメだろう、と諦めかけたときもあったし、こんな問題は乗り越えられない・・・と後ろを向いてしまった時代もあります。
でも、僕がめちゃくちゃしている時代にも妻を始め、僕を見捨てず関わってくれた人がいっぱいいました。
あるとき、「あんたのいいところ」というタイトルの携帯メールが友人から飛び込んできたんです。
1.やさしい気持ちをたくさん持っていること
2.人のことをちゃんと見守れる強さを持っていること
3.男らしい情熱を胸にちゃんと持っていること。
・・・
そんな内容のことがずらずらと10個以上も並んでいました。
2通に渡るそのメッセージを受け取ったとき、自分にはこんな素晴らしい友人がいて、そして、どんな状況にあっても決して自分の価値が損なわれることが無いこと(=自尊心)を学んだものでした。
今では「そんなこともあったなあ」と恥ずかしながらも笑える自分がいます。
多くの人との関わりの中で人の温かさやハートに救われ「人って捨てたもんじゃない」と感じることが出来ました。
そうしてみんなの手や肩や知恵を借りながら、問題を乗り越えることができました。
だから、僕のカウンセリングスタイルは「人って捨てたもんじゃないで!あったかいものなんやで」ということをお伝えすることを大切にしています。
僕は理論的・思考的な面もあるので、心理分析なども得意としますが、それは理解のため、漫才で言うツカミのようなもの。
人を癒すのは心理学やテクニックではなく、ハートだと思っています。
そして、セラピーを始めて改めて感じるのは、どんな人でも心の中にはダイヤの原石のような輝きを必ず持っているということです。
だから、僕の仕事は妻と一緒に人間の温かさや繋がりの中で、そのダイヤを発掘し、磨いていくお手伝いをさせていただくことだとも思うのです。
心が乗り越えられない問題は実はありません。
悩んでいるとき、苦しいときはただ光が見えないだけなのです。
そんな世界を皆さんにも体験していただけたら、そして、あなたの心の中に眠るダイアの光に気付いて欲しいな、と思いながら、僕はみなさんをお待ちしています。
二人が出会ったのは、それぞれの恋愛をより充実させるべく参加していた心理学のセミナーでした。
ちょっとした神様の配慮でペアを組むことになり、初めてお互いを知ることになったんです。
その記念すべき第一印象、
裕幸:「髪のパーマが印象的な細い女の子」
理加:「メガネをかけた大きい人」
後に、メールのやり取りで急速に近づいた二人が再開したとき、お互いの顔もきちんと覚えていませんでした。
ま、夫婦なんてね、そんなもんですよ、きっと(笑)
お互いその頃は彼女、彼氏がいて、結構いい関係を築いていたんです。
理加は近年、その彼と結婚するつもりでいましたし、裕幸もそれまでの悪癖にケリを付け、彼女ともっとも良い状態でした。
でも、主にメールを通じて色々話をするうちに、だんだんと「かけがえのない親友」としてお互いを認識するようになります。
そもそも、この時点で「親友」なんてのが精一杯の言い訳のようなんですけど、事実、お互い何かあれば最優先に連絡を取り合うツッコミ所満載の関係だったんですね。
それで、「付き合おう」ということに一旦はなったんですけど、甲斐性無しの裕幸のせいで一度は水泡に帰します。
でも、結局は紆余曲折を経てお互いのそれまでの恋愛を終わらせて、お付き合いを始めることになったんです。
当時は裕幸が精神的にちょっと落ち込んでいた時期で、理加は無価値感と嫉妬にまみれていた時期でしたので、付き合い始めからドロドロっとしたケンカが多かったですね。
こういう心理学やセラピーを学ぶカップルは、主導権争いのほかに、「どっちが自分の面倒を見るか?」という、とてもドロドロした依存の争いがあって、本当に大丈夫か?と周りを心配させてばかりいました。
でも、不思議なことに、付き合い始めてわずか10日あまりで、理加の母親の推薦もあって同棲生活を始めるようになり、早くも結婚を意識した付き合いをしていたことも確かです。
ただ、その頃は月に一度は大喧嘩をしていて、当時住んでいた新大阪の街で様々な格闘を繰り広げました。
“夜の街中を逃げる理加と追いかける裕幸”、“駐車場で理加をなぎ倒す裕幸”、“「それなら、あたしを殺せば!さあ、殺せばいいのよ!」と泣き叫ぶ理加と「うっせー、バカやろう!」と羽交い締めにする裕幸”などの数々のドラマが展開されていました。
血を見てもおかしくないんじゃないの?というときもあったかもしれません。
裕幸の気持ちを掴みきれなくて、何度も振り回されて、そのたびにカウンセラーや友人に泣きつく理加。
理加の気持ちを掴み切れなくて、絶望したり、お手上げになりつつ、カウンセラーや友人に尻を叩かれる裕幸。
本人達は至って真剣だったんですけど、今から思うと結構周りに迷惑かけてばっかりだったかもしれません。
逆にそんな周りの人達の助けなくては、とてもやってこれない時もありましたね。
その一方で、いつも一緒にいて、いつもくっ付いている二人でもあったので、激しく仲の良いバカップルという印象も皆に与えていました。
実際に、価値観や趣味がとても近くて、ケンカもするけど一緒にいて一番居心地がいいのも二人だったんですね。
そんな仲、付き合い始めて1年ほど経った頃。
めでたく入籍の運びとなります。
その半年後のエイプリルフールに梅田の北野教会で挙式しました(その日しか空いていなかったので)。
参列してくれたのは、お互いの親族・友人合わせてざっと100名超。
近親者だけの食事会を経て、同時期に結婚した友人カップル達二組との合同二次会を開いたのですが、その出席者が140名。
それだけの友人達に見守られながらの新婚生活が始まったのでした。
因みに新婚旅行は理加がかつてホームステイしていたニュージーランド。
英語が堪能な理加を通訳に自分達(というか理加がほとんどだけど)で作ったプランを思い切り楽しみました。
その半年後に新居のある江坂に引越しをしてきて、その頃から二人のプロ・カウンセラーとしての生活も本格化していきます。
(その頃はまだサラリーマンとの二足のワラジでした)そして、蜜月の時もあり、ケンカの日々ありの結婚生活を送っていたある日、二人に大問題が持ち上がって、一気に離婚の危機を迎えることになります。
二人の仲を近くで見ていた友人達も巻き込んでの大騒動になりました。
(ただし、友人達は、皆そのうちまあ、丸く治まるだろうと思ってたみたいです)本当に離婚の直前まで行ってしまい、お互いのありとあらゆる問題が噴出してきていた時期でした。
お互いの信頼関係は崩れ、愛情もなく、お互いに「それだけは嫌だ~」という気持ちを次から次へと感じていましたね。
でも、それを無事乗り越えて友人達の思いどおり仲直りしたんですけどね。
振り返ってみれば、お互い本当に成長できた時期でもありますし、その経験が現在のカウンセリングに大いに役立ってもいます。
でも、死は生の始まりといいますか、その後はカウンセリングサービスの設立に関わったり、夫婦カウンセラーとしての仕事も日に日に増えていくようになって、本当に人生も二人の関係もあの事件を境に大きく変わりました。
以来、ケンカもするけれど、ぐっと二人の仲も深まって「かけがえのない存在」として認め合い、尊敬しあうことも出来ているかと思います。
心理学の格言に『真実のパートナーとライフワークは同時にやってくる』というものがあります。
僕達にとって、まさにその通りの経験でした。
他にも性に関する問題とか、肉体と精神の病気の問題、お互いの家族の問題(特に二人とも父親を離婚や死別で失っていますから、その辺は大きな影響がありました)、仕事やお金の問題、数え上げればキリがないほどの問題が続出しながらも、何とか乗り越えて今日に至っています。
そして、今もまだ未解決な課題をお互い抱えながら、自分自身、そしてお互いに向き合っていこうと思います。
もちろん、明日のことは分からないけれど、今日まで無事に成長して来られました。
たくさんの友人や信頼できる家族に本当に助けてもらいながら。
そして、明日からも楽しく、面白く、元気に過ごせたらな、と思っています。