グリホサートの金属キレート化による毒性
グリホサートには,金属類をキレート化する性質があり,キレート化による毒性が懸念されている。ことにカルシウムやマグネシウムを含んだ硬質水中では,グリホサートが金属をキレート化しやすいことが報告されている2。
グリホサートは環境中で分解しやすく数週間で半減すると宣伝されているが,金属をキレート化すると分解しにくくなり,半減するのに数年かかると報告されている3(図1)。
カルシウムなどとキレート化したグリホサートは,シキミ酸経路を介した除草効果が減少するために,当初販売されたグリホサートは,グリホサート・アンモニウム塩,グリホサート・イソプロピルアミン塩などのようなイオン化した農薬が多種類登録されて販売されている(前号〈上〉図2 参照)。キレート化する金属は,カルシウム,マグネシウム以外にも銅,鉄,マンガン,ニッケル,ヒ素,アルミニウム,カドミウムなどがある。
グリホサートが人体に必須の金属をキレート化すると,金属が必要な生理機能が阻害され,毒性の高いヒ素などの金属をキレート化すると高毒性となると考えられる。
グリホサートに金属をキレート化する性質があることは,植物特有のシキミ酸経路(芳香族アミノ酸の合成経路の一種)の阻害を介した除草効果より以前から報告されていた4, 5。
グリホサートの代謝物アミノメチルホスホン酸(AMPA)にも金属をキレート化する性質がある。
金属類はすべての生命にとって大変重要で,カルシウム,マグネシウム,鉄など主要な金属類以外に亜鉛,マンガン,銅,セレン,ヨウ素,モリブデン,クロムなどは微量でも生体に必須で重要な働きをしているため,グリホサートが金属をキレート化することにより多様な毒性を発揮する可能性がある。
2018 年の総説2では,グリホサートが金属をキレート化することによって,植物,微生物,人間を含む哺乳類さらに土壌など,自然生態系全般に影響を及ぼす可能性について言及している。
グリホサートは,シキミ酸経路をもつ土壌細菌に有害な影響を及ぼすだけでなく,土壌に含まれる金属類とキレート化して難分解性になって何年も残留し,土壌の質を低下させることが示唆されている。
グリホサートが阻害するシキミ酸経路は,芳香族アミノ酸であるフェニルアラニン,チロシン,トリプトファンの合成経路として植物に存在し,ヒトを含む哺乳類や動物にこの経路は存在しないが,細菌に存在するので健康に重要な腸内細菌叢や土壌細菌には悪影響を及ぼす(前号〈上〉参照)。
グリホサートの金属キレート化は,農業に重要な土壌細菌にも悪影響を及ぼし,植物と土壌細菌の共生関係,例えばマメ科の窒素固定に有効な根粒菌にも悪影響を及ぼす。
土壌細菌のうちシキミ酸経路をもつ細菌類は,グリホサート曝露により,シキミ酸経路を介した毒性と,金属キレート化による悪影響を受けることになる。
植物では,シキミ酸経路阻害による悪影響だけでなく,グリホサートの金属キレート化により,成長に必要な金属類の取り込みや体内利用が阻害され,病原菌に対する防御機能が低下することが報告されている6。
これらのことから,グリホサートに曝露した遺伝子組換え農産物では,ミネラルなど含まれる栄養素が不足したものが産生される報告例がある7。
また遺伝子組換えでない農産物でも,グリホサートの飛散などの影響で,ミネラルなどの成分が減少することも示唆されている8。
活性酸素を不活化するスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)は,細菌から人間を含む高等生物まですべての生物に存在する重要な酵素である。
酸素を必要とする好気性生物では,酸素呼吸の化学反応過程で,必然的に活性酸素が産生される。
真核生物ではミトコンドリアで,酸素を使って生命維持に必要なエネルギーが産生されるが,活性酸素も発生する。
ほとんどの活性酸素は,DNAを損傷するなど有害なので,SOD の働きが必要となってくる。SOD が機能するには,銅,亜鉛,鉄,マンガンなどの金属イオンが必須である9。
グリホサートはこれらの微量金属類の機能調節を攪乱することが指摘されており10,細菌から植物,動物まですべての生物に影響を及ぼしている可能性がある。
これらの金属イオンが欠乏すると,SOD が機能せず過剰な活性酸素がDNA を損傷し,ヒトでは発がんや神経細胞死などの障害を起こすことがある。
過剰な活性酸素が様々な疾患と関わっていることは以前から報告されており11,特に神経細胞は活性酸素に脆弱なため,パーキンソン病などの神経変性疾患との関連が懸念されている。
スリランカで多発している原因不明の慢性腎炎は,硬質水の地域に多発しており,グリホサートの金属キレート化による毒性が発症原因である可能性が指摘されている3。
慢性腎炎の患者の尿を調べると,ヒ素,カドミウム,鉛など有害な重金属類とグリホサートの濃度が有意に高い傾向を示した12。
論文の著者らは,金属とキレート化したグリホサートが腎臓に蓄積して,慢性腎炎を発症した可能性を指摘している。
また慢性腎炎が多発している硬質水の地域において,農地の土壌や井戸水,湖の表層水,堆積物を調べると,グリホサートと有害な金属類は高い濃度で検出されるが,代謝物AMPA はほとんど見つからなかった13。
通常,環境中にグリホサートが検出されると,分解した代謝物AMPA も共に検出されるが,このスリランカの硬質水の地域では,グリホサートが金属とキレート化して分解されないためと,論文の著者は推察している。
日本の水系はほぼ軟質系とされているが,沖縄では硬質系なので,グリホサートを撒くとカルシウムなどとキレート化して長期間土壌などの環境中に残留する可能性がある。
また人間では生体内に存在する微量金属が重要な働きをしているので,グリホサートを取り込むと,体内で金属とキレート化してSOD 活性が減少するなど,悪影響を起こす可能性がある。