・グリホサートによるNMDA 型グルタミン酸受容体の攪乱作用
グリホサートは上述したように,グリシンによく似た化学構造をもっていることから,グリシンの重要な生理機能を撹乱することが予想された。
2014,2017 年に発表された一連の論文40, 41では,グリホサートが脳神経系で大変重要なNMDA 型グルタミン酸受容体(以下,NMDA 型受容体,図5A)に作用して,脳発達に影響を及ぼすことが明らかにされた。
NMDA 型受容体は,化学物質NMDA(N-メチル-d-アスパラギン酸)が特異的に結合することから命名されたグルタミン酸の受容体であるが,グルタミン酸結合部位以外にグリシン結合部位をもち,グリシンの結合がないと受容体が活性化しないことが知られている42。
グルタミン酸は,グリシン同様に非必須アミノ酸であるとともに,ヒトの脳で主要な興奮性神経伝達物質として機能している。グルタミン酸の受容体には,イオンチャンネル型と代謝型があり,イオンチャンネル型受容体はNMDA 型,カイニン酸型,AMPA(a-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メソオキサゾール-4-プロピオン酸,グリホサートの代謝物とは異なる)型の3 種で,それぞれ重要な役割を果たしている。
なかでもNMDA 型は脳内に広く分布し,陽イオンのなかでもカルシウム透過性が高く,脳の発達,記憶・学習や神経細胞死にも関わる重要な受容体であることが知られている43。
NMDA 型受容体は,自閉症など発達障害やアルツハイマー病,パーキンソン病などの精神疾患とも深く関連している44, 45。
文献40, 41では,仔ラットの脳の海馬スライス培養に,「ラウンドアップ」を投与すると,短時間で細胞内カルシウム濃度が上昇し,活性酸素が発生して細胞死が起こった。
この作用は,NMDA型受容体に特異的なアンタゴニスト(拮抗剤)によって抑制されたことから,「ラウンドアップ」の有効成分グリホサートがNMDA 型受容体を介して作用していることが示唆された40。
また胎仔期から出生後,無毒性量以下の「ラウンドアップ」を投与された仔ラットを調べると,脳の海馬では酸化ストレスのマーカーが上昇し,グルタミン酸による興奮毒性が生じ,さらに鬱行動が見られた40。これらの異常な反応は,NMDA 型受容体特異的なアンタゴニストによって抑制された41。
NMDA 型受容体には,グルタミン酸,グリシンの結合部位が存在することから,3D モデル系を用いて,グリホサートの結合性を調べたところ,グルタミン酸結合部位への結合性が若干高かった41。
グリホサートはグリシン類似構造をもつが,グルタミン酸とも類似構造をもっており(図5B),そのためにグルタミン酸結合部位に結合する可能性を論文の著者らは示唆している。
以上のことから,グリホサートはニセ・グルタミン酸ないしはニセ・グリシンとして,NMDA型受容体に結合し,神経細胞内のカルシウム濃度を上昇させ,活性酸素を発生させて神経細胞死を起こして,神経毒性を起こすことがわかってきた。
2019 年の論文46では,グリホサート原体がヒト腎臓の尿細管細胞に存在するNMDA 型受容体を活性化し,細胞内カルシウムイオンを上昇させ,活性酸素を誘導して細胞死を起こし,この作用がNMDA 型受容体特異的なアンタゴニストによって抑制されることが報告された。
NMDA 型受容体は,脳神経系で重要であるばかりでなく,神経系以外の組織にも発現して,細胞同士の調節・伝達系として重要な働きをしている47。
NMDA 型受容体の存在が確認されている組織は肝臓,心臓,膵臓,腎臓,副腎,肺,皮膚,胃,胸腺,副甲状腺,骨,子宮,精巣,リンパ球,血小板,回腸など多岐にわたり,それぞれ重要な働きを担っている。
さらに肺がん,甲状腺がん,胃がん,膵臓がん,子宮がん,肝臓がん,前立腺がん,口腔がん,多発性骨髄腫などのがん組織にNMDA 型受容体が存在していることもわかっている。
グリホサートは,ニセ・グリシン,ニセ・グルタミン酸として,NMDA 型受容体を活性化し,活性酸素を発生するなどして,多様な臓器に細胞死や発がんなどの障害を及ぼす可能性が考えられる。